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2019.11.10

第5回『太陽はひとりぼっち』:世間を騒然とさせた現役中学生作家、高校生になって初の書き下ろし小説!早くも大評判!! 全6回連載

第5回『太陽はひとりぼっち』:世間を騒然とさせた現役中学生作家、高校生になって初の書き下ろし小説!早くも大評判!! 全6回連載

第5回『太陽はひとりぼっち』

 次の日、学校から帰ってくると、なんとあの男がアパートの前に立っていた。何しにまた来たのか。もうこれ以上、賢人の古傷に触れないで欲しい。

 「あの、まだ何か御用でしょうか?」

 怒りをにじませた声で言う。これで伝わるか。

 「ああ、昨日はどうも。あのあと、賢人、松下くんの様子はどうですか?」

 いかにも案じているような表情を浮かべる。大した役者だよ。こいつやっぱりワルだな。

 「ええ、何か昔のことを思い出したみたいで、それで具合悪くなったみたいですね」 

 「昔のこと、を?」

 「昔されたことですよ、あなたに」

 男は口に手を当て、さすがに困ったような顔をする。

 「そう、ですか。そうですよね、やっぱり」

 唇を噛み締める。そうだよ、反省しなよ。

 「じゃあ、あの、これ渡してもらえますか?」

 男が片方の手に持っていたものを差し出す。

 生花店の包装紙に包まれた白いバラが二本。

 「あ、これ」

 「昔、松下くんからもらったんです。白いバラを二本」

 ん? 何だかおかしいぞ。賢人がこいつにバラを贈ったって? 普通、自分をいじめてるやつにそんなことしないよな。ん? ん? どういうこと?

 「も、もしかして、花言葉も知ってますか? 白いバラ、二本の」

 「もちろん、白いバラは『深い尊敬』、『私は貴方にふさわしい』、それが二本なら『この世界はふたりだけ』」

 「あ」

 戸惑っていると、

 「じゃあ、これお願いします」

 バラの包みを押しつけるようにして渡される。

 「それから深い尊敬の気持ちは今でも変わらないことを伝えておいてください」

 ん? 尊敬? 賢人に? 嘘ぉ。

 「失礼します」

 一礼して、立ち去ろうとする男性を「あ、ちょ、ちょっと待って、待ってください」と言って慌てて引き止める。

 その後、場所を公園に移し、ベンチに座り話を聞いた。男性は安武と名乗った。安武さんは、賢人の中学時代の友達だという。

 ふたりが行っていたのは、私立の難関男子校だ。けれど賢人は途中から学校へ行けなくなり、中高一貫校の高校へ上がる頃には完全に不登校になって、結局退学したと聞いている。

 安武さんは、賢人が不登校になったいきさつを、私が全部知っていると思っていたらしい。そうではないとわかり、ちょっとうろたえたようだったが「でも、もうあなたも巻き込んでしまっているし、お話ししたほうがいいかな」と言って、ひと呼吸おき話し始めた。

 賢人と僕は、中学で知り合った。中一で同じクラスになり、最初はたまたま席が近くて自然と話すようになったが、そのうち随分と気が合うことがわかった。読書や釣りといった趣味も同じ、好きな音楽の傾向も一緒、お互い見たいと思う映画も同じ。でも異なるところもあって、たとえば僕は読書でも翻訳物が苦手だったが、賢人に勧められた小説を読んでみたら思いのほか読みやすく、それをきっかけにほかの作家のものも読むようになり、やがて原書で読破するまでになった。

 逆に賢人は歴史にさほど興味がなかったが、歴史好きな僕が邪馬台国論争の話をすると大層興味を持ち、文献を読み漁り、最終的には僕よりも詳しくなった。自分が心の中で思っていたことを相手がずばり言葉にしてくれて、それが一分の隙もなく気持ちよくぴったりと重なったことは数知れず、お互いがお互いを、もしかしたら前世では双子だったのではないかと思えるほどだった。

 勉強も一緒にしたし、互いの家を行き来もした。休日に釣りに行くこともあったし、長期の休みには、一泊の旅行にも出かけた。

 しかもその頃、当時でもかなり珍しかった交換日記をしていた。ふたりとも携帯を持っていたので、メールでのやりとりもしていたが、昔ながらの交換日記もしていたのだ。ノートに手書きというスタイルにこだわったのは、賢人のほうだった。

 「こういう時代だからこそ、やるんだよ。手書きの文字は、自分のペースでより深く刻まれる、紙にも心にも。読む人のことを思って一文字一文字手で書くことで絆が生まれる。深まる」

 そう言って。

 確かに、自分の心情を綴りそれを共有するという行為は、格別な意味があるように思えた。授業のこと、級友のこと、将来のこと、読んだ本、映画、通学路で見た紫陽花の美しさ、風の清々しさ、季節の移ろい、相手に対する思い。

 酔っていた部分もある。書くのは大抵夜だったから、時には随分感傷的になった。思いが募った。そこにはふたりだけの世界があった。今ある現実とは別の世界。穢れに満ちた世俗とは違う、僕たちしか知らない美しく清らかな世界。

 思春期特有の過剰な感傷といえばそうだったかもしれない。時には恋愛めいた表現もあった。それはより一層ふたりの仲を深く親密なものにしていた。

 交換日記は中一から始まり、二年では別のクラスになったが、三年でまた一緒になり、その間もずっと続いていた。

 あれは何冊目だったか。日記は一冊書き終えたら、交代で保管していた。ごくシンプルな大学ノート。表紙にも何も書いていない。いかにも日記然としたものを使うことを、賢人は嫌がった。周りの目を気にしたわけではないが、ごく普通のありふれたノートに日々の秘密が綴られているというのが、かえって良かったのかもしれない。

 だからどうしてそのノートを親が手に取り、見ようとしたのかはわからない。何かの拍子に偶然目に入ってしまったのか。それとも思春期の子供の動向を探ろうと、机の中を漁ったのか。とにかくその日記が親に見つかり、過去のものも全部読まれてしまった。読んだ親は青くなり震え上がった。そこには時に、異性に対する親愛の情と同じ類の表現が綴られていたからだ。僕たちは、ただ互いを尊敬し、思いやっていただけなのに。

 親はもちろん僕たちが、親しい友人であることは知っていた。双方の家を行き来し、旅行へ行くことも許していたのだから。賢人は成績も良かったから、いい友人を得たと喜んでいたくらいだ。

 しかし親は日記の内容から、それ以上の何かを嗅ぎ取ったのだった。さらに最悪なことに、親はその日記を学校に持っていき、教師にも全部見せた。そしてふたりを別々のクラスにすることを要求した。学期の途中で、さすがにそれは無理だという学校側に、それなら賢人を転校させろ、ダメならうちの子を転校させると、さらに無茶な要求を突きつけた。このままではうちの子が、毒されてしまうと騒ぎ立てた。

 もちろん僕も家で激しく咎められた。賢人にそそのかされているとも言われた。あくまで悪いのは賢人のほうで、今は男子校という一種の閉鎖された空間にいるから、この年代にありがちな感化されやすさで引きずり込まれたのだと。僕は悪魔に目をつけられた、被害者なのだと。

 いくら僕たちはそんな関係ではない、と言っても全く聞き入れてもらえなかった。思春期外来にも連れて行かれた。

 両親は賢人の家にも行き、日記を見せ、賢人だけを悪者にし、責め立てた。賢人を異常だと決めつけ、詰った。そのあとの賢人の家の騒動も想像に難くない。

 学校ではどういうわけか、賢人が一方的に僕に対して思いを募らせ、おぞましい内容の手紙を大量に送りつけ、僕も家族も大変困っているという噂になっていた。僕たちが入学以来の親友であることは、級友もみんな知っていたけれど、賢人が友情を超えた感情を僕に抱くようになり、常軌を逸した行動に出て、僕や両親を非常に困惑させているということになっていた。もしかしたらうちの親が、自ら流した噂だったかもしれない。

 とりあえず僕と賢人の席は隅と隅に引き離され、周りも奇異なものを見るというか、はれもの扱いというか、異様な空気になった。賢人は学校へ来ても、僕とは全く目も合わせず、顔さえも向けてくれなかった。意識してそうしていたのはわかっていたがつらかった。近くに行きたかったが、クラスの雰囲気がそうさせなかった。

 違うんだ、全くの誤解だよ。そんなんじゃないんだ。みんなの前でそう言いたかった。しかしそんなことをしたら、余計に騒ぎを大きくし、それこそ下衆の勘ぐりをされて事態を悪くするだけに思えた。所詮人の噂、ここは静観したほうがいいと判断した。でもこれは言い訳だったのだと思う。僕は弱くて卑怯だったのだ。

 その噂では賢人が僕に一方的に思いを寄せていることになっているから、クラスのみんなは僕には同情的で、「大変な目に遭ったな」という者もいたが、賢人に対しては、周りの空気が確実にこれまでとは違うものになっていた。みんな異質なものを見るような目で、遠巻きにしていた。誰も話しかける人はいなくなった。

 何度か僕から話しかけようとしたが、賢人のほうが僕を避けているようだった。動揺したが、これは僕を思ってのことだと察しがついた。携帯電話も親に取り上げられ、登下校は母が車で送り迎えするようになり、賢人に接触できる機会は失われた。

 そのうち賢人は学校を休みがちになった。あの噂のせいで、表立っていじめを受けたとか、からかわれるようなことはなかったと思うが、もしかしたら陰で何か嫌がらせをされていたのかもしれない。そうでなくても繊細な賢人は、今までとは違うこの状況に耐えられなかったのかもしれない。

 そのうち入院したという噂が立ち、それは心療内科であるとか、何かの施設であるとかいう内容だったが、誰に入院先を聞いても知らなかった。一度、母の目を盗んで賢人の家まで行ったが、呼び鈴を押しても応答がなく、人の気配がしなかったので帰ってきた。

 それが中三の終わりで、中高一貫校だったから、ふたり共受験はなくそのまま高校へ進んだ。賢人は欠席が多かったが、それまでの成績が優秀だったので、特別に進学を認められたようだった。だが結局賢人は高校へ一日も通うことなくそのまま退学した。

 ある時学校から帰ってくると、家の門扉に紙袋がかかっていて、見ると中に白いバラが二本束ねられていた。メッセージも何もないが、賢人だと直感した。すぐに白いバラの花言葉を調べた。深い尊敬、私は貴方にふさわしい、二本なら、この世界はふたりだけ。白いバラを前に僕は泣いた。

 その後僕は高校を卒業し、第一志望の大学に進み、大手メーカーに就職した。

 【連載第6回に続く

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