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2019.11.7

第2回『太陽はひとりぼっち』:世間を騒然とさせた現役中学生作家、高校生になって初の書き下ろし小説!早くも大評判!! 全6回連載

第2回『太陽はひとりぼっち』:世間を騒然とさせた現役中学生作家、高校生になって初の書き下ろし小説!早くも大評判!! 全6回連載

第2回『太陽はひとりぼっち』

 中学に入り最初にできた友達は小原佐知子だった。部活は同じ家庭科クラブ、家は隣町だったが、学区が違うので小学校は別だった。

 五月の連休、佐知子から家に遊びに来るよう誘われた。中学で初めてできた友達の家に行くと聞き、お母さんは随分喜び張り切って、こういう時のための「お取っとき」のクッキーを戸棚の奥から引っぱり出してきた。確か不祝儀の引き物だったので懸念したが、見ればそうとは感じさせない普通のチョコクッキーだった。

 「こういうのは、大抵ちょっといいものをつけるから大丈夫。うん、賞味期限もまだまだある」

 お母さんは、これもやはり取っておいた、水玉模様の可愛い紙袋にそれを入れた。そこへ大家さんも顔を出し「これも持って行きなよ」と、鮮やかなオレンジ色の花を差し出す。大家さんが庭で育てているキンセンカだった。

 「おっ、いいね。うわっ、綺麗。ほら、良かったね、花」

 お母さんが喜んで受け取る。

 確かに綺麗だが、キンセンカって確かキク科じゃなかったか。大家さんも、花持ちがいいから仏様用にいいと言って作っていたと思う。喪の引き物にキンセンカ。大丈夫だろうか。キンセンカのまぶしいくらいのオレンジ色とは裏腹に、気持ちに暗い影が走るが、いや、それは私がそういう目で見るからそう感じるのだろう、ということにする。

 「クッキー、ひと袋じゃ少ないかね。量、あんまり入ってないんだよな、こういう気取ったお菓子って。激安堂がやっている時なら、大袋のお徳用割れせんべい買えたんだけど」

 「なぁに、気は心だよ」

 気は心。

 これもこのふたりが好んでよく使う言葉だ。やはりこのふたり以外、周りで口にする人はいない。気は心。この言葉のオールマイティ力はかなりのもので、大抵のことは大丈夫にしてしまう、まさに魔法の言葉だった。元々は人に贈り物をする時、額や量は少なくとも真心を込めているという場合に使うらしいが、気の持ちようで心が落ち着くという意味もあるらしい。このふたりはさらに拡大解釈して多用していた。

 「これ、大昔に買った服だけど、今着てもおかしくないかな?」

 「気は心」

 「ちゃんとしたコサージュがなかったから、作り方が載っていた雑誌見てチラシで作ってみたんだけどどうかな?」

 「気は心」

 「最近脳天の毛が薄くなってきた気がするんだけど」

 「気は心」

 「この雨合羽、雨はじかなくなってきたんだよ、もう限界かな。でもこれしかないし」

 「気は心」

 もはや「気にするな」「気のせいだ」「ないよりはマシ」にまで独自に発展させていた。

 そんなふたりにいくら「気は心」と言われても、不安はぬぐい去れない。

 「あれ、これアブラムシかな?」

 お母さんがキンセンカの束を覗き込んで言う。

 「どれどれ、ああ、ほんとだ」

 言うやいなや、大家さんはその花を口元に持っていくと、口をすぼめ頬を思いっきり膨らませて「フウーッ」と、勢いよく息を吹きかけた。

 「ああ、飛んだ、飛んだ」

 大家さんに息を盛大に吹きかけられた花は、心持ち精気を失ったように見えた。キンセンカにとっては、そっちのほうがアブラムシよりダメージが大きいんじゃなかろうか。

 「あ、まだこっちにもついてるわ」

 今度はお母さんが、花に強く息を吹きかけた。続いてすぐに激しく咳き込み始める。

 「大丈夫かいな?」

 大家さんがお母さんの背中を撫でながら聞く。

 「ああ、息吐いて次吸い込む時、アブラムシまで吸っちまったんだよ。ゲホッ、ゲホッ。それが喉の奥に貼りついたみたいでさ、グエッ」

 「死にゃあせんさ。アブラムシだから、喉の滑りが良くなったんでないかい?」

 「潤滑油か?」

 「美声になっとるで」

 こんなふたりに「気は心」と言われても……。クッキーはともかく、キンセンカのほうは遠慮したいところだが、言い出せる雰囲気ではない。

 お母さんと大家さんとで、次々キンセンカのアブラムシチェックをし、見つけると息で吹き飛ばす、を繰り返し、ようやく新聞紙に包む。

 ちょっと友達の家に行くのでも、何かしらこういうことを経ないと出かけられないのが我が家なのだ。

 自転車に乗り、教えてもらった住所を頼りにしていくと、佐知子の家はすぐにわかった。チョコレートブラウニーみたいなレンガを積み上げた洋風の家、洒落た出窓には白いレースのカーテンがかかっている。思っていたよりずっと大きな家だった。「小原」と書かれた表札まで堂々としていて立派だ。家と同じ色のレンガでできた塀のインターフォンを押す。

 「開いてるよ、入ってきて」

 佐知子の声がした。

 ヨーロッパ風の鉄の門扉を開けると、黄色や赤やピンクのバラが咲く庭があった。家の入口にまで続く小道にはバラのアーチが設えてある。アンティーク調のテーブルと椅子のセットも庭に置かれている。バラのいい香りがする。よく手入れされた様々な種類のバラが咲き誇る庭は、ちょっとしたバラ園だった。大輪のバラを前に、アブラムシつき(一応息で吹き飛ばしたが)のキンセンカを思わず引っ込めたくなるが、「気は心」と自分に言い聞かせる。

 板チョコみたいな扉の前で立っていると、ほどなくドアが開き、佐知子が出てくる。

 「あがって、あがって」

 「お、お邪魔します」

 ちょっと緊張して入ると、

 「大丈夫、今、私ひとりだから」

 スリッパを出しながら、佐知子が言う。

 「え、そうなんだ」

 スリッパには、私でも知っているような有名なハイブランドのマークがついていた。おそらくうちのどの靴よりも高い。いや、家の靴、全部合わせてもかなわない。そもそもうちには、便所以外スリッパがない。スリッパを履いて歩くような廊下も洋間もない。

 「わあ、可愛いお花。持ってきてくれたの?」

 佐知子がキンセンカを見て言う。

 「あ、う、うん。大家さんちに咲いてたやつだけど」

 差し出す時、ひとつの花の下からアブラムシが這い出してきたのが目に入ったので、さりげなく花のアレンジを整えるふうを装い、指でひねり潰す。

 まだほかにも隠れているかも。ちゃんとした花、買ってくれば良かったな。

 お金を使わないで済まそうとすると、余計なことで気をもむ羽目になる。やっぱりお金はありがたいのだ。

 「あ、これも。クッキーだけど」

 「わあ、ありがとう。美味しそう」

 クッキーのほうは大丈夫だろう。喪の引き物とはわからないはずだ。どこかにそれを匂わせるようなしるしが、万が一にもついてないかと思って何度も確かめてみたのだから。

 「とりあえずそこに座ってて」

 通された広い洋間には、革のソファーセットと上等な黒羊羹みたいに艶光りしているピアノがあった。

 「ピアノ、弾けるの?」

 キッチンでお茶の用意をしているらしい佐知子に話しかける。

 「ううん。それは妹のだから」

 「妹いるんだ」

 「うん、今小学一年」

 「へぇ、ちょっと離れてるんだね」

 見ればピアノの上に写真が飾ってある。

 スーツ姿の、佐知子の両親らしい大人ふたりと、赤いリボンがついたセーラー服を着た女の子が写っている。

 「妹、私立の小学校通ってんの?」

 「うん、聖泉女学院小学校」

 都内一等地にある、超がつくほどのお嬢様学校の名をあげる。

 「すごいねえ」

 「まあ。あ、これ持ってくれる?」

 花瓶に生けたキンセンカを渡される。涼しげなグリーンの花瓶だった。

 「綺麗だね、これ」

 「ああ、フラワーベース? ベネチアンガラスだって」

 フラワーベースが花瓶のことだと理解するのに数秒を要する。ベネチアンガラス。言われてみればいかにも優美なデザインだ。キンセンカもぐっとよく見える。馬子にも衣装、アブラムシつきキンセンカにも、ベネチアンガラス。

 佐知子はお盆に、私が持ってきたクッキーとティーポットとティーカップ(これも女王陛下が使っていそうな繊細なデザインのやつ)を載せていた。

 「私の部屋に行こう」

 佐知子について二階に上がる。

連載第3回に続く

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