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2019.11.8

第3回『太陽はひとりぼっち』:世間を騒然とさせた現役中学生作家、高校生になって初の書き下ろし小説!早くも大評判!! 全6回連載

第3回『太陽はひとりぼっち』:世間を騒然とさせた現役中学生作家、高校生になって初の書き下ろし小説!早くも大評判!! 全6回連載

第3回『太陽はひとりぼっち』

 佐知子の部屋は八畳ぐらいありそうな洋間だった。勉強机とガラステーブル、本棚、洋ダンス、ベッドには、いかにも上質そうな花柄の掛け布団が載っている。

 「これも、綺麗」

 「ああ、ローラアシュレイ。お母さんの趣味なんだけど」

 ローラというからには、外国の女の人なのだろう。布団屋の屋号ではなさそうだ。ふかふかしていて、見るからに軽そうだ。間違いなく羽根布団だろう。今うちで使っている綿布団を思い出す。アパートに越してきた際、大家さんにもらったと聞いている。元は客用だったものを、もう使う人もいないので私たちにくれたらしいが、どぎつい赤地に極彩色の牡丹と鶴が描かれた花魁の着物みたいなド派手な柄で、悪夢にうなされそうな布団だった。それはカバーを掛けることでなんとかなったが、これが何しろ重い。寝返りも容易にしづらいくらいに重い。

 お母さんは「このくらいの重さがあったほうがいいんだよ。ふわふわ軽かったら毎朝はだけて、風邪ばっかりひいとるわ」と言うが、重い布団のほうが体に良くない気がする。敷き布団に至っては、せんべいを通り越して、硬さも薄さももう、のしイカだ。お母さんにそのことを言うと「硬いほうが腰のためにはいいんだってよ。それに砂利道の上に寝ることを思えば、極楽だ」と返す。砂利道に寝るというのは一体いかなる状況を想定しているのかわからないが、いつもこうやって最低のラインを持ってこられるので何も言えなくなるのだ。しかしローラアシュレイと、のしイカだったら、誰だって迷わずローラを選ぶだろう。

 「紅茶、淹れたよ」

 佐知子が銀製のティースプーンを添えて勧めてくれる。

 「砂糖もあるけど、これもあるよ」

 陶磁器の壺を開けると、赤紫色のつやつやしたジャムらしきものが入っている。

 「バラのジャムだよ」

 「バラ?」

 「庭に咲いてるの摘んで私が作ったんだけど、無農薬だから大丈夫だよ」

 「バラからジャムができるなんて知らなかった」

 「ほんのりバラの香りがして美味しいよ。紅茶に入れてもいいし、そのまま舐めてもいいの。あとでレシピあげるよ」

 うん、と返事をしてみたものの、うちにバラはない。大家さんとこにキンセンカはあるけれども。バラのジャムをスプーンですくって舐めてみると、確かにバラの香りがして美味しい。色も綺麗だ。自分で持ってきたクッキーにも手を伸ばす。良かった、シケっていない。普通に食べられる。

 ふと洋ダンスの上の写真立てに目が止まる。さっき見たピアノの上に飾ってあった写真と同じかと思ったが、どこかが微妙に違う。ピアノの上の家族写真は両親と妹だけで、佐知子はいなかった。今目にしている写真には、佐知子が写っている。両親のスーツと背景の色が同じだから、おそらく同じ日に写真館で撮ったものだろう。佐知子も妹もそれぞれこの春、中学と小学校へ入学した。その記念で撮ったのだとしたら、ピアノの上の写真はなぜ三人だったのだろう。

 「それはうち用のやつだから」

 私の疑問を察したかのように、佐知子が答える。

 「ピアノの上にあったのは、祖父母用のなの」

 言っていることが理解できない。

 「うちね、お母さんが再婚したんだわ、今のお父さんと。私は連れ子っていうやつね。で、生まれたのが妹。異父姉妹なのね。だからお父さんと私には、血のつながりがなくて、当然その親、祖父母にもないわけ。だからこのふたりにあげる写真は三人だけなの。私を除いた」

 「え、それどういう」

 「別にそうしてくれって言われたわけじゃないけど、向こうはそのほうが喜ぶから。今日も三人で祖父の家に行ってるの。一応私も声かけられたけど『宿題があるからいい』って言ったら、お父さんもお母さんも、一瞬だけどほっとした表情になったの。自分でも気がついてないかもしれないけど、『助かった』って顔すんの。私がそう言えば、心が軽くなるみたい。でもどうせ私が行っても、やな思いするだけだからいいんだけどさ。私だけ異分子だからね。ずっと居心地の悪さがつきまとって、お母さんにも余計な気、使わせるし。だったら家にひとりでいるほうがよっぽどいいやって」

 「その、おじいさんとおばあさんに、なんか意地悪とかされるの?」

 「露骨ではないんだけど、やっぱり言葉の端々や態度にそういうのは出るよ。ちょっとした時にね。たとえば外食に行って私が何でも食べると、祖父が『好き嫌いないんだね。偉いね。うちは偏食の血筋だから』とか、私が左利きなのを見て祖母が『あら、左利きなのね。うちの親戚には誰もいないわ。まあいたとしても、小さいうちに直させてると思うけど、うちなら』って。そのあとで取ってつけたみたいに『でも左利き、スポーツなんかするにはいいんですってね』って言うけど、全然フォローになってないっつーの」

 「それって、ひどくない?」

 「うーん、そもそもうちのお母さんと結婚することに大反対だったみたいで。歳上で離婚歴があって子供もいて。でももうその時は妹がお腹にいたから、認めざるを得なかったみたいで。今のお父さん、ひとりっ子だから、妹は待望の孫なの。もう可愛くて可愛くて仕方ないみたい。で、お父さんの実家、結構な資産家なんだよね。貸しビルとかマンションとか不動産たくさん持ってて、会社をしてるの。お父さんもそこで働いてる。妹、里依紗って言うんだけど、祖父と祖母は、『ゆくゆくは全部りぃちゃんのものだからね』とか言ってるんだ」

 「そんなのってありえるの?」

 「仕方がないよ。あの人たちにとって私は赤の他人だし」

 「でも、お母さんは? 佐知子のお母さんは何て言ってるの?」

 「お母さんは、この家の人間になることに必死なの。私のこと考えてくれていないこともないんだろうけど、今日だって私が家にいるって言ったら『そうね。中学生になれば、宿題とか難しくなるだろうし、忙しいもんね。そうね、佐知子は家にいたほうがいいわよね』って。そう口に出して言うことで自分の罪の意識を薄めてるみたい。妹が私立の小学校に行ってるのだって、祖父がお金を出してるからだよ。そんなこと私だって知ってるのに、お母さんは『りぃちゃんは、好き嫌いが多いから、給食が食べられないの。だからお弁当の私立に通わせることにしたのよ。佐知子は好き嫌いがないから、公立に行けて良かったわ』なんて言うの。なんかずれててさ。私が欲しいのはそんな言葉じゃない。世間体のいい口実でも、自分を納得させるための都合のいい言い訳でもない」

 佐知子が写真立てに手を伸ばす。

 「ピアノの上にあった写真が、この家の本当の家族。私はいらないピースなの。家族のパズルにはまらない、余計なピースなの。この家に私の居場所はないの」

 「そんな」

 「本当のことだよ。この家には私はいらない子なの」

 「お父さんは? 本当のお父さんはどうしてるの?」

 「さあ、私が赤ちゃんの頃、離婚しちゃったからほとんど覚えてないんだ」

 「うちと同じだ。うちもお父さんいないから」

 「知ってる。だからってわけじゃないけど、この子なら仲良くなれる、私の話聞いてくれるなって思ったから、声かけたんだ」

 「そうだったの。佐知子は、本当のお父さんに会いたいと思う?」

 言いながら、そういえば小学校の頃、優香ちゃんという女の子も似たような家庭環境で、優香ちゃんの本当のお父さんに会う時、一緒について行ったことを思い出す。

 類は友を呼ぶというのか、なぜだか私はこういう子と縁があるようだ。

 「うーん、どうだろ。なんかあんまりいい噂聞かないし。定職に就いていなかったとかさ。でも私の名前、佐知子はお父さんがつけたんだって。今時、子がつく名前もどうかと思うけど、佐知子って、普通に幸せな子で、スタンダードな幸子でいいのに、佐知子って何? 佐なんて、佐藤の佐以外で見たことある? 佐藤の佐を知る子って、何だよーって思って。何でこの名前をつけたのか、それは知りたい。聞いてみたい。ただそれだけ」

 思いがけない告白に、うまい言葉が見つからない。こんな立派な家に自分の部屋があるのに居場所がないなんて。

 「だから早くこの家出たくて。本当は今すぐにだって出たい。あの家からもらったお金で生活していると思うと、一分一秒でも早く出たい。それでお金を沢山稼いで、あの家よりお金持ちになりたい」

 「あ、そこも同じ。私もお金持ちになりたい」

 「でしょ。何か花ちゃんには私と同じ匂いを感じたの」

 「そ、そう?」

 そんな、ほかの人にわかるほど、私は金に飢えた匂いを発しているのだろうか?

 「それでね、私は起業したいの。あの家がやっている会社より大きな事業をやって、あの家よりお金持ちになりたいんだ」

 佐知子が言う「あの家」とは、祖父母の家のことだろう。

 「どういうことで起業したいの?」

 「だからそこなのよ」

 改めて向き直って言う。

 「今、学生でも起業して成功してる人いるじゃない? 中には中高生もいるんだよ。もし中学生でも利益が出たら、卒業後この家を出られる。ひとりでやっていける」

 「え、高校は?」

 「寮があるとこもあるし、自分で稼いでたら、ひとり暮らししてそこから通えばいいし。お互いそのほうがいいと思うんだよね」

 お互い、とは今の家族と、ってことだろう。

 「この家から独立する時は、自分のお金で堂々と胸を張って出ていきたいんだ。誰にも何にも言わせない。でもね、じゃあ具体的に何をしたらいいかって、全然思いつかないんだよね。それでこの前、若くして資産家になった人の自叙伝読んだら、その人、小学生の時から株やって資金作ったんだって。その株に投資するお金は親からもらったんだって。高校卒業までのお小遣い前借りして。でも私の場合、それは絶対やりたくないの。ここの家からは一円ももらいたくない」

 「でも、そしたらどうやって起業資金を用意するの?」

 「そこなのよ。だからそこを考えて欲しいのよ、花ちゃんに」

 「え、私に?」

 「だって花ちゃん、頭いいし、いろいろよく知っているし」

 「ええっ、ちょっと、それは」

 突然の提案に戸惑っている私を拝むようにして、佐知子が「お願い」と繰り返す。

 「そう言われても、私そういうの全然詳しくないし。うーん、中学生だとバイトもできないし。何か売るとか? 私はやったことないけど、ネットとかで」

 「あ、それは私も考えた。でも何売る? 私たちに売れそうなものって、えっと、体操着とか制服とか」

 「そ、それはマズイよ。JCビジネスってやつでしょ。起業する前に捕まっちゃうよ。いや、捕まりはしないか。別に犯罪ではないか。でもそれはマズイよ。それに制服売ったりしたら、私、四中の制服着ることになっちゃう。いや、四中の制服なら売っていいか、いやダメか」

 「ん? どゆこと?」

 「いや、こっちの話。とにかくそれはダメ」

 「やっぱ、そっか。じゃあ、ほかに私たちにできることって」

 「家庭科クラブだから、羊毛フェルトのマスコットとか作って売る?」

 「何かチマチマしてるなぁ」

 全くだ。起業するまで貯めるとなると、一体いくつフェルトマスコットを作ればいいのか。気が遠くなりそうだ。社会で習った『女工哀史』の一場面を思い出す。

 「そのマスコットで願いが叶ったとか、恋が実ったとか、そういうのがあれば売れるんじゃない? スピリチュアル的な?」

 「そういうの、勝手にしていいの?」

 「病気が治ったとか、痩せたとかいうのだとマズイけど、もっともやっとした感じなら大丈夫なんじゃない? 法の盲点突く、っていうか」

 「いや、突きたくないよ。一歩踏み外したら、大変なことになりそうだもん」

 どうにも話が危ないほうに傾いていく気がしてならない。糖分が欲しくなり、バラのジャムをスプーンですくって舐める。

 「あ、じゃあこれは? バラのジャム作って売る。これなら健全っぽいし、大きな鍋なら一度に大量に作って売れる」

 「それは食品衛生法とかに引っかからない? 食べ物を勝手に売るのって、そっちのほうがマズイ気がする」

 「そっか。食べ物は難しいか。食中毒でも起こしたら、資金貯めるどころか、逆に慰謝料とか賠償金取られそうだもんね」

 ふたり同時にため息をつく。起業への道は遠い。

 しかしこうして考え、アイディアを出し、話し合うことが大事なのだと佐知子は言う。もうこれだけでも、昨日までの私たちとは違う。無から前進したのだ、と。

 そのあとは漫画を読んだり、ゲームをしたり、佐知子が録画していたお笑い番組を見たりしていたら夕方になり、佐知子の家族が帰ってくる前に、佐知子の家をあとにする。

 帰りがけに佐知子が、庭のバラを「キンセンカのお返しに」と言って、何本もハサミで切ってくれた。

 「どれがいい? ピンク? 赤? 黄色いのもあるよ。この白いのは、イングリッシュローズっていうの」

 躊躇なくバラの枝に次々ハサミを入れる佐知子に「いいの? 怒られない?」と聞くと「全然。今日一日しっかり留守番したんだから、このくらいのこと、いくらしたって構わないよ」と言って、口を真一文字に結んだ。

 夕日を受けたその顔は怒っているようにも耐えているようにも見えた。

 佐知子は色とりどりのバラの花束を、高級洋菓子店の厚みのある包装紙に包み、自転車の前かごに入れてくれた。

 たくさんあるから、大家さんにも分けてあげよう。

 大家さんにもらったキンセンカのお返しなんだし。

 家に着き、バラを分ける。

 お馴染みのフレーズ「買えば高いよ」と、きっとあのふたりは言うだろうなあ、と思ったら、案の定その通りだったのでおかしくなった。

 【連載第4回に続く

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