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2018.10.21

【第5回】現役中学生作家・鈴木るりかの第2作『14歳、明日の時間割』〈二時間目 家庭科 空色のマフラー〉を無料公開中!!

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新学期、約束のマフラーを巻いて登校した葵。だが、教室には、驚きの光景が待っていた――。

 

二時間目 家庭科 空色のマフラー[第5回]

 

 冬休みに入り、慌ただしく年末年始が過ぎ(毎年のことだが)、比較的長めの冬休みが終わって(うちの地域は、寒さが厳しいので、夏休みを減らし、その分冬休みを長くしている)、初登校の日、私はあのコバルトブルーのマフラーをして学校に行った。

 野間君も私のマフラー、してきてくれてるだろうか。

 ドキドキしながら教室に入る。

 しかしそこに彼の姿はなかった。

 空っぽの机がぽつんとあるだけだった。

 どうしたんだろう。新学期早々お休みかな。風邪でもひいたのかな。

 体育館で始業式をやった後、教室に戻ってくると、先生がまず初めに言った。

 「急な話で驚かれるかもしれませんが、野間克己君は、おうちの事情で愛媛県に越されました。クラスのみんなにもよろしく伝えておいてくださいということです」

 教室がどよめく。

 ええーっ、嘘。なんで。

 どうして。聞いてる? 知らない。

 なんで、なんで。ざわめきが止まらない。

 嘘。

 それしか出てこない。そんなのは嘘だと。頭の血がすうっと下がるような感覚があり、海の底にいるように、周りの音が小さくなったり大きくなったり反響して聞こえる。

 嘘、嘘、嘘。

 馬鹿みたいにその言葉しか出てこない。

 それからは何がどうなったのか、ほとんど記憶がなく、気がつけば、教室に残っているのは私ひとりだった。

 今日は始業式だけだから、もうみんないつの間にか帰ったらしい。

 私は自分の席から立つこともできずにそこにいた。自分の体じゃないみたいに力が入らない。

 教室は、金粉をまぶしたような冬のやわらかい日差しに満ちていた。

 「やっぱり。まだ残ってたんだ」

 声に振り向くと、中原君だった。

 「大丈夫?」

 私の前の席の机に腰をかける。

 「な、中原君、もしかして知ってる? 野間君のこと、何か聞いてる?」

 食いつくようにして言う私に、中原君は学生服の胸ポケットを探り、一枚の紙を取り出した。四つ折りにたたまれたそこには、愛媛県○○市、と書かれた住所と電話番号が書かれていた。

 「どうして、中原君がこれを?」

 「冬休み始まってすぐ、あいつから連絡来て、これ渡された」

 「なんでっ、なんで中原君に? 私じゃなくて、どうして中原君なの? 中原君なんて、野間君と親しくなんかなかったじゃないっ」

 言った後で、言いすぎたと思ったが、中原君は別段気を悪くしたふうでもなく、小さく息をつくと、

 「親しいからこそ、よく思っているからこそ、言いにくいことってあるんじゃないかな」

 静かな声で言う。私は黙ってうつむいて、机の上で組み合わせた自分の指をひたすら見つめていた。

 「母親が、愛媛のホスピス入るんだって」

 「え、ホスピス、って」

 驚いて顔を上げる。

 「向こうに親戚がいるとかで、いい施設に入れることになって」

 「待って、待って。ホスピスって、どういうこと? だって退院したって、少し前に、野間君のお母さんと話したもん、それおかしいよ。それ違うよ」

 「良くなったから退院したってわけじゃないんだよ。帰されたんだよ、良くなる見込みがないから」

 「そんな、だって、そんなことひと言も、全然、何も言ってなかったもんっ。野間君だって、全然、普通に元気だったもんっ。嘘言わないでよっ」

 息を荒らげて中原君を見る。湖面のような瞳がこちらを見つめている。

 「野間んち、小さい頃父親を亡くしてて、それ以来、ずっと母親が働いて子供二人育ててたんだよ。母親は仕事、いくつも掛け持ちして、睡眠時間削って。働き詰めだったけど、全然弱音とか吐かない人だったらしいよ。自分のことは二の次、三の次でさ。でもそれが災いして、がんが発見されたときはもう手遅れだったらしい。野間は自分たちのせいだって、自分を責めてたけど」

 聞いているうちに心臓が痛くなる。

 「私何も知らなかった。知らなかったの」

 手で顔を覆う。指の隙間から涙がこぼれ出る。

 「知られたくなかったんじゃないの」

 「どうして? 信用されてないから?」

 静かに首を振る中原君。

 「悲しい思いをさせたくない人だからじゃないかな」

 それは無理だよ、野間君。

 どのみち、私はこんなにも悲しい。

 教室に私のすすり泣く声が響く。

 泣き濡れた顔を上げ、しゃくり上げながら訊く。

 「ねえ、愛媛って行ったことある?」

 「ないな」

 「私も。でもいいとこなんでしょ。温暖な気候で、瀬戸内海に面してて。少なくとも極寒酷暑のこんなとこよりはずっといいよ。だからさ、病気なんか良くなるんじゃないかな、そういう環境に恵まれたとこに行けば、ね」

 すがるように見るが、中原君は黙っている。

 わかっている。こういう時中原君は、安易な気休めを言う人じゃない。

 「だと、いいな」

 短くそれだけ言った。

 「そうだよっ、だって、だって、お母さんがいなくなったら、野間君は、妹は、どうなっちゃうの?」

 そう言うと、また涙があふれてきた。

 自分のことではなく、誰かを思って泣くのは初めてだった。

 

 中原君に、何度も「大丈夫か?」と訊かれ、「送ろうか」とも言われたが断った。ひとりで帰りたかった。「連絡先は? 書き写さなくてもいいのか?」とも訊かれたが、それにも首を振った。

 「そっか。じゃあ必要になったら、いつでも言ってくれよ」

 中原君は連絡先の書かれた紙をまた四つ折りにして、胸ポケットにしまった。

 野間君と二人で帰った同じ道を帰る。

 あの日、マフラーを交換したのと同じ場所に立ってみる。北風が容赦なく吹きつけ、髪を逆立てる。風の冷たさに、マフラーを口元まで引き上げる。

 愛媛はあったかいから、マフラーなんかしていないかな。

 でも野間君がどこにいても、大人になっても、私がこのマフラーをしていたらすぐにわかるよね。だって同志の証明だから。

 二人で、家庭科の先生になるんだもの。そう約束したんだから。

 見上げた空の色は、マフラーと同じ、輝くような青だった。

(二時間目 家庭科 空色のマフラー おわり)

 

続きは、鈴木るりか デビュー第2弾!

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