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2018.10.20

【第4回】現役中学生作家・鈴木るりかの第2作『14歳、明日の時間割』〈二時間目 家庭科 空色のマフラー〉を無料公開中!!

【第4回】現役中学生作家・鈴木るりかの第2作『14歳、明日の時間割』〈二時間目 家庭科 空色のマフラー〉を無料公開中!!

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矢部太郎さん(カラテカ)のカバーイラストは必見! 高山一実さん(乃木坂46)らが絶賛する本作から、「二時間目 家庭科」を掲載します!

野間くんが家庭科クラブに来た理由を知った葵は、彼とある「約束」をする。

 

二時間目 家庭科 空色のマフラー[第4回]

 

 文化祭が終わり、部は通常モードの活動になった。

 十一月も中旬を過ぎたので、この時期恒例の編み物に取り組んでいる。

 まずは基本のマフラー。部員は、出来上がったら誰にプレゼントしようか、そんな話題でも盛り上がっている。

 編み棒を動かしていると、野間君が、

 「今日、僕ちょっと用事があるんで早引けしていいかな?」

 申し訳なさそうに言う。

 「もちろん」

 「じゃあ、僕はこれで。すいません」

 小声で言い、カバンを持つと足早に出て行った。

 下校時刻を知らせる放送が流れ、後片付けや掃除をしていると、野間君の座っていた椅子の上にファイルがあった。理科の課題のプリントが挟んである。確か提出期限は明日だったはずだ。

 忘れていっちゃダメじゃないの。

 理科は、提出物に特に厳しい先生だ。届けよう、そう思い自分の通学カバンに入れる。

 野間君の家は知っている。

 どの部屋かは知らなかったが、マンション入口にある郵便受けで確認した。202号室。鉄筋コンクリートの階段を上がる。確かに「野間」という表札が出ていた。インターフォンを押す。

 「はぁい」

 女の子の声がした。前に話していた妹だろう。

 「あの、私、野間君の同級生の伊藤という者ですが、野間君いますか?」

 「ちょっと、お待ちください」

 施錠を外す音がして、ドアが開き、三つ編みの女の子が顔を出す。

 目のパッチリとした可愛い子だ。

 「あの、お兄ちゃんは、ちょっと今出かけていて。お母さんのお薬をもらいに薬局へ」

 「あ、そうなんですか」

 用事ってこのことだったのか。お母さん、具合悪いのかな。

 「ひとみ、どうしたの? 誰か来たの?」

 奥から声がして、パジャマの上に紫色のカーディガンを羽織った女の人が出てきた。青白い顔で、乱れた長い髪を手で押さえながら、私を見ると微笑み会釈した。

 髪に当てた手は、骨ばっていて、まじまじと見ては悪いくらいに痩せた人だった。

 「あ、すいません。私、野間君と同じクラスでクラブも同じ、伊藤っていいます。野間君、これ家庭科室に忘れていったんで」

 ファイルを差し出す。

 「ああ、まあまあ、それはそれは。どうも申し訳ありません、わざわざ。あの子、ちょっと今出ていて。ああ、同じ部の伊藤さんね。息子から話はよく伺っています」

 野間君が、私のことをどんなふうに話しているのか少し気になった。

 「ほんとにね、私がこんななもので、あの子にも負担かけてしまって。私、ちょっと体調崩してましてね」

 パジャマの襟をかき合わせる。

 「毎日部活のある卓球部をやめるって言ったときには、私もそこまでしなくていいって言ったんですけど、実際、私も入院してたもんですから、あの子に頼るしかなくて。家のことも妹の世話も全て任せっきりで、親としては情けないんですけど」

 野間君のお母さんは、どうも私が全て事情を知っていると思って話しているらしい。

 どうしよう。

 「だから家庭科クラブを選んだんですよ。活動日が少なくて、料理や裁縫のことも学べるからって。でもこれが入ってみたらとても楽しかったって言ってるんです。伊藤さんや皆さんに良くしてもらっているそうで、本当にありがとうございます」

 頭を下げる。

 「いえ、そんな」

 何度もお礼を言うお母さんに恐縮しつつ、野間君の家を後にする。

 そうだったんだ。野間君が、卓球部をやめたのは、お母さんが病気で入院してたからだったんだ。

 そういえば、野間君の家はお父さんがいないと聞いたことがある。野間君がお母さんの代わりに家のことや妹の面倒を見ていたんだ。

 そんな彼に、家庭科クラブは、ちょうどよかったのだろう。

 じゃあ家庭科の先生になりたいからっていうのは、違うのかな。

 いや、きっと本当のことが言いにくかった、知られたくなかったんだろう。今日聞いたことは、胸の中にしまっておこう。

 お母さんの病気は大丈夫なんだろうか。でも退院して家にいるってことは、良くなったってことだよね。

 あ、じゃあ野間君、卓球部に戻っちゃうかな。

 いや、それはないか。でも。

 彼が家庭科クラブからいなくなったら、と思ったら、急に寂しさが込み上げてきた。

 そうだよ、せっかく慣れてきたのに。記念すべき初の男子部員だし。

 でもそれだけではない何かがもやもやと渦巻く。

 

 次の日、授業が始まる前に、野間君が私のところに来て言った。

 「昨日、ありがとう、ファイル。わざわざ家にまで届けに来てもらっちゃって。助かったよ」

 「う、うん」

 しばらく沈黙があり、数秒目が合う。何かほかに言いたいことがあるようだったが、続く言葉はなかった。

 野間君は、私が家の事情を聞いたことを知ったんだろうか。でも確かめることはできない。

 チャイムが鳴り、野間君は自分の席に戻っていった。

 しばらく気になっていたが、その後部活の時は、至って普通で、いつもと変わりなかった。むしろ今までよりも表情が明るく元気そうに見えた。

 きっとお母さんが良くなったんだ。

 良かったと思うと同時に、もしかしたら卓球部に戻るんじゃないか、いや、卓球部じゃなくてもほかの部に変わるかも、という考えが浮かび、ひどく動揺している自分に戸惑う。

 でももしそうなったとしても、それは彼の自由で、どうすることもできないのだ。

 十一月下旬、期末試験準備のため、しばらく部活動が中止になった。

 十二月の初めに、期末も終わり、また部活動が再開された。

 早い子は、もうマフラーが仕上がっていた。中原君に渡したという三年の先輩もいた。中原君は、上級生の女子にも人気があった。

 「野間君はどうするの、マフラー。自分使い?」

 たまたま家庭科室で二人になったとき、訊いてみた。

 野間君は、クリアなブルーのマフラーを編んでいた。私は、後輩に「渋いっすね」と言われたモスグリーンだ。

 「うーん、どうしよっかな、決めてないよ」

 「じゃあさ、じゃあさ、交換しない? 私のと」

 「えっ」

 「そのほうが張り合いあるでしょ。ただ編んでいるのよりも」

 「え、でも」

 「あ、別に、やだったらいいの。ちょっと言ってみただけ」

 「やじゃないよ。じゃなくて、僕、初めてで下手だから、そんなのと、上手な伊藤さんのと交換じゃ悪いと思って」

 「そんなことないよっ。じゃあいいんだね。決まりね」

 「うん」

 野間君が笑顔で答える。

 せっかくプレゼントするのなら、と彼のイニシャルを入れることにした。

 編みながらどこか浮き立つ気分を感じ、いやこれはプレゼントじゃない、ただの交換、日頃の部活の成果をお互い確認するためだ、と自分に言い聞かせる。

 終業式の後、今年最後の部活があった。

 普段はないのだが、家庭科室の棚の大掃除があったのだ。その帰り、別に申し合わせたわけではないが、いつかの日のように二人で並んで校門を出た。

 冬の日は、落ちるのが早く、あたりは葡萄色の夕暮れが始まっていた。風に煽られて、道に落ちた枯れ葉が乾いた音を立てる。

 「あ、これ」

 川沿いの道に差しかかると、野間君が足を止め、カバンからコバルトブルーのマフラーを取り出す。

 「あ、私も」

 私も自分で編んだマフラーを手提げ袋から出す。

 しかし取り出してみたものの、改めて向き合うと、なんだか照れてしまう。

 どうしようかと思って、手元のマフラーに視線を落とすとその瞬間、首元がふわりと暖かくなった。

 野間君が、マフラーをかけてくれたのだ。

 「副部長、お疲れ様でした」

 日が翳ってきたせいで、野間君の顔の陰影が増し、大人びて見えた。私も慌てて、彼の首にマフラーをかける。

 「あ、すごい、イニシャル入りだ」

 すぐに気がついて言う。私のも見ると、小さなてんとう虫のボタンが付いていた。

 「ごめん、僕、イニシャルとかまだできないから、家にあったのを付けただけなんだけど」

 「ううん、すごく可愛い。ありがとう」

 照れ隠しのように笑い合う。

 「じゃあこれは同志の証明ね」

 「同志?」

 「そう、同じ、家庭科の先生を目指す同志の」

 「え、伊藤さんもその気になったんだ」

 「まあね。だからお互い頑張りましょう、ってことで」

 わざとおどけた口調で言う。

 「うん、頑張ろう」

 野間君の最後の言葉が力強く響いた。

(つづく)

 

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