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2018.10.18

【第2回】現役中学生作家・鈴木るりかの第2作『14歳、明日の時間割』〈二時間目 家庭科 空色のマフラー〉を無料公開中!!

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矢部太郎さん(カラテカ)のカバーイラストは必見! 高山一実さん(乃木坂46)らが絶賛する本作から、「二時間目 家庭科」を掲載します!

家事能力ゼロの母を反面教師として育った葵は家庭科クラブの副部長。そこにクラブ初の男子部員が??
 

二時間目 家庭科 空色のマフラー[第2回]

 

 「これはモモちゃんの呪いだ」と母が言った。

 「モモちゃんって誰?」と訊くと、高校時代の家庭科教師だという。

 百田という苗字だったが、生徒は皆陰で「モモちゃん」と呼んでいた。モモちゃんは当時、五十前後だったが、高校生から見たら、随分年寄りに見えたそうだ。

 パーマをかけた髪は白髪まじりで、痩せてというよりしなびていた。顔も体つきも。小声でぼそぼそ話し、決して激昂するようなことはなかった。猫背で地味な服装。

 悪い先生ではなかったのに、女生徒の間では、どこかモモちゃんを軽んじる空気があった。はっきり言えば小馬鹿にしていた。それはモモちゃんが独身だったからだ。母のふるさとは保守的な田舎町で、当時独身を貫く女性は稀だった。

 「家庭科の先生で、独身はありえなくない?」

 「家庭科教えてて嫁に行けないなんて、恥ずかし」

 唇の端を意地悪に歪ませて、生徒たちは笑いあった。

 例えば、家庭科では沐浴や母乳を飲んだ後のゲップのさせかたなどを、赤ちゃん人形を使って教えられるのだが、赤ちゃん人形を抱いて一生懸命説明するモモちゃんの姿を「結婚もしてないくせに」という冷ややかな目で見ていた。

 「あなたに教えられたくないよ」と。

 またモモちゃんは、何をしても怒らなかったから、授業中内職をしたり、堂々と居眠りしたり、みんなやりたい放題だった。それでもモモちゃんは、熱心に生徒たちに語りかけ、それがまた鬱陶しく、癪に障った。

 やがて卒業するとモモちゃんのことなどすぐに忘れた。長い間忘れていた。しかし結婚後、母は折に触れ、思い出すことになる。

 例えば味噌汁を作る際、そういえば家庭科でやったけど、確か、煮立てた味噌汁と、ひと煮立ちさせただけの味噌汁の風味は全く違うのだっけ。百グラムと百ccって同じだっけ、なんかモモちゃんが言っていた気がする。台所に立つたび、ボタン付けに悪戦苦闘するたび、母はモモちゃんのことを思い出す。

 出産をし、初めて沐浴をさせるときに浮かんだのは、赤ちゃん人形を使って懸命に説明していたモモちゃんの姿だった。こんなふうにモモちゃんのことを思い出す日が来るなんて。もしかしてモモちゃんはわかっていたのではないか。いつか自分のことを小馬鹿にした日々を振り返り、深く反省する日が来ることを。もう少しあの時真面目にやっていたら、と。

 これはモモちゃんを軽んじていたことの報い、いや、モモちゃんの復讐、呪いだ。

 私たちが授業中好き勝手をして、陰で小馬鹿にしていたことも、十分承知の上で「今に見ていろ」と思っていたのに違いない、と母は言う。

 いつかその報いが必ずやってくることを、モモちゃんはきっと知っていたのだ。

 しかしこれは家庭科が苦手な母だけが勝手にそう思い込んでいるのであって、ほかの人はそんなことを露ほども感じていない、というのが本当のところだろうと私は思っている。

 

 かくしてこの母から生まれた私は、母の願い通り、家庭科の得意な女の子になった。悲願成就したわけだ。

 しかしどうせならとびきりの美少女に、とか、神がかり的な頭脳の持ち主に、とか願ってくれれば良いものを。

 そもそも私の家庭科好きは、私の祖母が料理上手で家事全般が得意な人であったから、単にその隔世遺伝ではないかと思われる。

 そんな私であったから、中学で所属しているのは当然家庭科クラブだった。

 小学校時代もそうだった。何せ私は家庭科の申し子なのだから。

 実際自分で言うのもなんだが、手先も器用で、何をやらせてもうまく、料理のセンスもあった。

 私の作った服やフェルトのマスコットはほかの部員が見本にするほどだったし、料理は何をどうすればどうなるか、的確に予想でき(この力があるかどうかが重要なのだ)、火加減や調味料の微妙な使い分けの感覚も有していた。

 部長こそ三年生がやっているが、二年ながら副部長に抜擢されたことが、実力を物語っていると言えるだろう。

 週三回しか活動がない家庭科クラブだったが、内容は充実していた。

 そんな家庭科クラブに、同じクラスの男子、野間克己君が入ってきた。

 中二の二学期のことだった。

 家庭科クラブは女子ばかりで、もちろん男子が入れないという決まりはなかったが、クラブ発足以来初のことだ。

 それまで野間君は、卓球部に所属していて、かなり有望な選手だったと聞いている。

 それがいったいなぜ。このことはちょっとした衝撃をもって学年に知れ渡った。

 先輩にいじめられた、練習のキツさに音を上げた、顧問の先生とトラブルがあった、ほかの部員の妬みを買った、様々なことが噂されたが、それについて本人が口を開くことはなく、真相はわからずじまいで、「それにしても、だからって、なんで家庭科クラブに?」という疑問を誰もが抱いた。

 そんな周囲の反応はどこ吹く風の様子で、野間君は、入部してきた。

 最初は戸惑い、なかには露骨に警戒心を示す部員もいたが、野間君のなんの気負いも感じさせない、誰に対してもフラットなその姿勢に、すぐに馴染み、一ヶ月もしないうちに、まるで最初から彼がいたような感覚になっていた。

 実際彼は、裁縫も料理も好きなようで、何にでも積極的に取り組んだ。

 ずっと女子ばかりの部だったから、多少のやりにくさは覚悟していたが、それは杞憂に終わり、女子だけの話がしたいようなときには、彼は敏感にそれを察して、さりげなく場を離れたし、そうでないときは、輪の中に入り冗談を言い笑わせた。

 先輩からは、「かっちゃん」と呼ばれて可愛がられたし、一年からは「かっちゃん先輩」と慕われた。

 私も野間君とは同じクラスとはいえ、彼が入部してくるまでは、あまり話したこともなかったが、すぐに打ち解けた。

 「お弁当って、冷ましてから蓋をするっていうけど、あれ、完全に冷めてなきゃダメかな。なかなか熱が取れないのとかあるよね」

 ある時、野間君に訊かれた。

 「野間君、お弁当も作るの?」

 「今度、小三の妹が遠足に行くから」

 「え、すごいね。でも大変じゃない?」

 「いや、料理するの好きだし」

 野間君がにこりと笑った。

 「おかずやご飯は、十分に冷ましてから詰めないと、湯気が水分になるからね。水分は細菌が繁殖する原因になるから。ご飯を詰めるときには、必要な分を一旦お皿に広げると早く冷めるよ。あとご飯を炊くとき、少しお酢を入れると傷みにくくなるよ」

 「お酢? 酢の匂いとかするの?」

 「お米三合に対して、小さじ一ぐらいだから、炊き上がったごはんは全然匂いなんかしないよ」

 「そうなんだ。さすがだね、副部長」

 「あと、おかずは大きいサイズから先に詰めていくと、全体のバランスが取りやすくなるから」

 「なるほど。やってみよ」

 目を輝かせる。本当に料理が好きなんだな。

 「やさしいお兄さんだね」

 今度は照れくさそうな笑みを浮かべた。

(つづく)

 

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