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2019.5.24
ベストセラー「あん」の著者・ドリアン助川が描く新時代の感動長篇!『水辺のブッダ』
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もしかしたら、幸とか不幸とか・・・・・・
私はそんなもののために生まれてきたんじゃなかったのかもしれない。
世の中の片隅で懸命に生きる人々の傍らに立つ著者が、魂を込めて描く、人生の再構築。
河瀬直美監督、樹木希林・永瀬正敏主演で映画化もされ、世界13言語で翻訳出版され国内外でベストセラーとなっている「あん」の著者が描く令和時代最初の感動長篇!
多摩川の河川敷で、仲間のホームレスたちと共に生活する望太。
一度は死を選びながらも、彼らに救われ、やるせない思いを抱えながら生きている。
‹‹この世はどこまで自分を嘲るのか。
遅れて別の問いかけもやってきた。
いったい、お前はなにをやっている?
今もまだ望太は、入水(じゅすい)した夜の、どこにもつかまるものがないような感覚から離れられずにいた。自分に生きる資格があるとも思えない。それなのに、二千円ほどの金を失っただけで血相を変え、草むらに這いつくばっている。
無力感で押しつぶされそうになりながら、望太は毛布と洗面具のみを回収した。出所して以来、完全な無銭状態になるのは初めてのことだった。
河川敷を歩きながら望太は天を仰いだ。多摩川の空には輪郭の光る雲が浮かんでいた。そのまぶしさは望太の目の裏を針のように刺した。望太にはかつて、輝く雲を眺め、湧きあがる感慨に浸れるだけの心があった。望太はそれができた自分も、その自分を迎え入れてくれた世界の手触りも覚えていた。しかしそれらの記憶は、元いた場所から転がり落ちてしまったその途方もない距離を、今の望太に見せつけるだけなのだった。››
そこからさほど遠くない街で、女子高生の絵里は、世の中に対する怒りとむなしさを抱えて暮らしていた。
家族の中での疎外感に耐えられなくなったころ、ミュージシャンを目指す孝雄と出会い、事件に巻き込まれてしまう。
‹‹連れていかれたのは、その前を何度も通ったことがあるC市の警察署だった。絵里はまず、窓に鉄格子のはまった部屋でしばらく待たされた。それから鑑識に通され、身長と体重を計測された。数字の並んだバッジを胸に付け、写真を撮られた。正面から、左右から、何枚も撮られた。次いで名前ではなく、その数字で呼ばれて指紋を取るテーブルに座らされた。
「指は一本ずつ、全体を取るからね」
初老の職員にそう声をかけられ、指全体にインクを塗られたとき、絵里の頬を涙が伝い始めた。指はまさに一本ずつ記録紙に押しつけられ、側面まで紋様を取られる。
「まあ、正直に話しなさい。まだ若いんだから。やり直せるから」
職員のその言葉で絵里は嗚咽(おえつ)が止まらなくなった。待たされている間、きっと孝雄も同じことをされていたのだ。自分と出会わなければ、孝雄がこうなることはなかった。家族にも連絡が行くはずだ。母親はどう思うだろう。妹はどう思うだろう。まるっきり他人のあの父親はどんな顔をするだろう。
今この場で身を滅ぼしてしまいたい。あとかたもなく消えてしまいたい。でたらめな世界に対し、一度は闘いを挑んだはずだったのに、絵里は込み上げる涙の底でそれを願った。››
誰の人生にも、冷酷な人間の心の闇に触れて絶望するときがあれば、人と出会い、深く語り通じ合い、光に満ちた美しい瞬間もある。
絶望と希望。
死とエロス。
プリズムのようにきらめく、ふたりの〝生きる〟物語。
著/ドリアン助川
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