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2019.3.3
大ヒット上映中!『映画ドラえもん のび太の月面探査記』の脚本を担当した辻村深月さんインタビュー全5回を公開!
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大ヒット上映中の『映画ドラえもん のび太の月面探査記』の脚本を担当した辻村深月さんが、自らの手で映画のノベライズに挑戦しました。『かがみの孤城』で2018年本屋大賞を受賞後、初の書き下ろしとなる長編冒険小説です。大の『ドラえもん』ファンとして知られる辻村さんは、いったいどんな思いで物語を紡ぎ、キャラクターに命を吹き込んでいったのでしょう? 全5回でご紹介します。
【第3回】
一度だけ月面着陸がかなうなら。
大長編や映画の中で、ドラえもんたちが冒険していないところはほぼないんですね。藤子先生が「『ドラえもん』の通った後は、もうペンペン草も生えない、というくらいに、あのジャンルを徹底的に描き尽くしてみたい」とおっしゃっていましたが、本当にその通りでした。
そうした中でなんとか見つけた冒険の舞台が月だったんです。実は、これまで何度か映画のスタッフの方たちも月を舞台に作品を作ろうとしたそうです。けれど、どうしてもかなわなかった。もしも長い『ドラえもん』の映画の歴史の中で、一度だけ月面着陸がかなうなら私にやらせていただけないだろうかと。そう思って月を舞台にしたいと提案しました。
まだどんな物語にするのかも固まっていなかったんですが、スタッフの一人から「辻村さんの名前にも月が入っていますしね」と言われたんです。それを言われたら、もう後には引けないなと。実はまだ引き返せると思っていた部分もあったんですが、そこを指摘されたため「ああ、もう腹をくくるしかない」と覚悟が決まりました(笑)。
この本で、初めてドラえもんに出会う子どもがいるかもしれない。
「のび太!」
野比家の朝、いつも聞かれるママの声が、この日も、家全体に響き渡った。
その声に「はいはいはーい!」と応えるのは、この家の長男・野比のび太。
遅刻が多く、ドジで、運動も苦手、学校の成績も0点続きの──だけど、とても優しい、メガネをかけた小学生の男の子だ。
(『小説 映画ドラえもん のび太の月面探査記』第一章より)
のび太がどういう子なのかっていうのは、この小説を読んでくれる人なら誰もが知っているでしょう。けれど、私はきちんと文章で紹介したかった。小説を引き受けたときから、絶対にそれだけはやろうと決めていました。なぜなら、私が子どものときに読んでいた児童文学の多くが、そのお約束事を守っていたから。そんな本が、自分にも書けたらいいなと思ったんです。
私は那須正幹先生の「ズッコケ三人組」シリーズが大好きでした。全50冊のシリーズがある中で、どの巻でもかならず「この口の悪い少年がハチベエ」といったふうにキャラクターが紹介されているんですね。子どもの頃は「毎回、同じことが書いてあるなあ」くらいに思っていたんですが、最終巻ですらそれが書いてあるのを大人になってから知って、「ああ、子どもたちがどの巻から読み始めても、それがズッコケ三人組との最初の出会いになるように、先生がそうやってらっしゃったんだ」と気がついたんです。
私も同じようにしよう。のび太やドラえもんのことはみんなが知っていると思うけど、もう一度読んでねという気持ちで、あえて彼らをきちんと紹介しようと。もしかしたらこの本で、初めてドラえもんに出会う子どもがいるかもしれない。そう想像することが、子どもをなめないことだと「ズッコケ三人組」と那須先生に教わったんです。
[第4回につづく]
『小説 映画ドラえもん のび太の月面探査記』
原作:藤子・F・不二雄 著:辻村深月