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2019.2.24

「私が陛下のお気持ちに気づいた時」恋のキューピッド役が初めて明かす純愛秘話。『天皇陛下のプロポーズ』

「私が陛下のお気持ちに気づいた時」恋のキューピッド役が初めて明かす純愛秘話。『天皇陛下のプロポーズ』

美智子さまとの出会いからご結婚、そして二人三脚で公務に勤しまれてこられた日々・・・初めて明かされる純愛の軌跡!

10代前半から70年以上、時にテニスの練習相手として、時におしゃべりの相手として、天皇陛下と交流を深めてきた織田和雄氏が、当時の日記とメモをもとに、天皇陛下と美智子さまの純愛秘話を初めて明かします。

 

‹‹思えば陛下が初めて公式の試合でダブルスを組み、出場された時のペアも私でした。

以来、半世紀以上も、陛下とは数え切れないほど沢山試合をして、ともに汗を流させて頂きました。

畏れ多いことですが、陛下と一緒にテニスをしたのは、美智子さまの次に私が一番多いのではないかと思いますし、まだまだこれからもその数が増えることになれば望外の喜びと存じます。

公務に忙殺され、私的な時間などほとんどないに等しい天皇陛下。

私は、その貴重な時間の多くを、時には慈愛に満ちた兄のように接して頂き、また時には示唆に富んだ人生の先輩として、無言の教えをたくさん頂戴いたしました。

陛下のおかげで、わが人生は極めて有意義で豊かなものになったと、83歳にして思っております。

私は、陛下が退位を決断された今こそ、その半生の軌跡と美智子さまとの出会いからご結婚、そして二人三脚で公務に勤しまれてこられた日々を書籍として残すことを考えました。

それが陛下から受けた様々なご恩への、せめてもの感謝のしるしとなれば幸いです。››(序章「この本を執筆するにあたって」より)

 

こちらが本書の目次になります。

 

第一章 陛下とテニスと軽井沢と

第二章 陛下と美智子さまの恋

第三章 陛下の電話取り次ぎ係を拝命

第四章 ご結婚までのカウントダウン

第五章 陛下をよく知る友人たちの証言

第六章 海外に開かれた窓

第七章 天皇ご一家との交流

第八章 両陛下が築かれた平成の皇室

最終章 天皇陛下の退位によせて

 

昭和32年8月19日。

軽井沢のテニスコートで運命的な出会いをされた天皇陛下と美智子さま。

「第一章 陛下とテニスと軽井沢と」には、トーナメント大会の準々決勝で陛下のペアが美智子さまのペアに負けた時の様子が綴られています。

 

‹‹その時、陛下はタオルで汗を拭きながら

 

「あんなに正確に粘り強く打ち返してくるのだから、かなわないよ。すごいね」

 

と、おっしゃいました。その表情に悔しさは微塵もなく、夏の強い日差しのもと、むしろさばさばとした爽やかさに満たされているようにも感じられたのです。

陛下にとって、この日出会った正田美智子さんの、テニスに取り組むまっすぐな姿勢と、決してあきらめない試合ぶりは、好ましい印象として強く残ったのではないでしょうか。

私から見てもコートの中の正田美智子さんは、常に一生懸命で若い青春の躍動感に溢れていました。

そしてコートから離れると、清楚な気品を漂わせる稀有な美しさの持ち主でした。

軽井沢で夏を過ごす同世代の若者たちの多くは、そんな美智子さんを高嶺の花として遠くから見ていたように思います。

言葉を交わすことはおろか、目を合わせることさえできない、まさに当時の軽井沢では評判のマドンナだったのです。

このテニスコートでの運命的な出会いが、「実は演出されたもの、意図的にアレンジされたものではないか?」といった報道がなされたことがあります。

皇太子殿下のお妃候補として、テニス大会の場でお見合いをさせたとする説です。

これが仮に本当だとしたら、いろんな手配りをし、出場選手に八百長を強いねばなりません。

大会が始まる前からクラブの運営スタッフとして接していた私から言わせれば、そんなことなどできるわけがありません。

私はその場に居合わせた者として、絶対に演出された出会いなどではないと、はっきり断言できます。後日、当日の運営責任者だった私の同級生にも確認しております。

なぜならば、陛下のペアと美智子さまのペアが対戦されたのは、4回戦となる準々決勝。つまり、両ペアともにそこまで勝ち進まなければ、出会うことがなかったのです。

どちらかが1試合目あるいは2試合目で負けていれば、お二人の出会いを演出しようとする計画はすべて終わりとなるからです。

私が思うに、この出会いを演出した誰かがいるとしたら、それは神様しかありえない・・・・・・と言ったらロマンチックすぎるかな・・・・・・。››

 

ご成婚に至るまで、お二人の電話の取り次ぎ係としてキューピッド役を務めた織田氏による純愛秘話以外にも、お二人の人柄がわかるエピソードが盛りだくさん。

巻頭カラーページには、著者の日記や秘蔵写真を多数収載!

巻末には、本書の出版に際して、テレビ東京報道局報道番組センター「皇室の窓」プロデューサー・師信介氏が特別寄稿してくださいました。

 

「今回、織田和雄さんが書かれた『天皇陛下のプロポーズ』は、歴史を間違いなく正確に伝えていく必要があるという織田さんの強い思いで書かれたものです。

後世に正確に伝えていくという思いは、織田さんが皇太子時代の陛下と最初に会われた時から70有余年の時を経て、今ここに一つの形となって結実しました」

 

『天皇陛下のプロポーズ』

著/織田和雄

 

【著者プロフィール】

織田和雄(おだ・かずお)

昭和10年11月2日、日本人初のオリンピック金メダリスト・織田幹雄の次男として生まれる。中等科2年から高等科、大学まで学習院に通い、天皇陛下の2歳後輩。大学卒業後は、慶應義塾大学大学院などで学んだ後、三菱商事株式会社に入社。定年後は、関東テニス協会副理事長、東京都テニス協会副会長などの要職を歴任。

 

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