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2019.2.6

明仁天皇が紡ぎ出した「光もつ言葉」の数々。国民必読の書『天皇メッセージ』全文無料公開!

明仁天皇が紡ぎ出した「光もつ言葉」の数々。国民必読の書『天皇メッセージ』全文無料公開!

ひとりの人間、思索と行動を兼ねそなえた知識人として、本当に尊敬できる。

「そのことをみんなに知ってもらいたい」

『天皇メッセージ』著者から、思いのかぎりを綴ったメッセージが届いています。

戦後史の闇を、緻密な研究と平易な語り口によって明かしてきたのがノンフィクション作家・矢部宏治氏です。

『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社)『知ってはいけない2 日本の主権はこうして失われた』(講談社現代新書)・・・ベストセラーとなったこれら作品のタイトルを眺めていただければ分かる通り、矢部氏がライフワークとしてきたのが沖縄、基地、原発、憲法といったテーマになります。

そんな矢部氏が2月6日に上梓するのが今上天皇のお言葉をもとに、平成の30年間の歩みを辿ったのが本書『天皇メッセージ』

一体どうして〝天皇〟をテーマに!?

そう思われた読者諸氏に、「作家の言葉」をお届けします。

 

 

私はもともと単行本の編集者なんですが、いまから8年ほど前に沖縄の米軍基地問題を調べ始め、自分でも本を書くようになりました。このたび上梓する『天皇メッセージ』の旧版にあたる『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』を書いたのは3年前のことです。

 

執筆当時、「なぜいま、天皇の本を書こうと思ったの?」とよく聞かれたことを思い出します。やっぱり始まりは沖縄なんです。沖縄に行くと、本土にいると見えない「この国の本当の形」というものがはっきり見えてくる。明仁天皇についてもそうでした。

 

本土で見えている姿とまったく違う、非常にアクティブで、はっきりものを言い、行動する姿が見えてくる。しかも「沖縄」という戦後日本最大の矛盾と真正面から向き合い、その苦闘の中から自分の思想を鍛え上げ、「象徴天皇」のあるべき姿を作りあげてきた人だということが見えてくる。これは非常に驚きでした。「ああ、自分はこの人をまったく知らなかったんだ」という驚き。そして「ここに素晴らしい知識人がいるじゃないか」という一種の感動。

 

いま日本には、大知識人っていないんですね。何か大きな事件が起こったときに、みんなが右とか左とか、社会的なポジション関係なく、その人の言葉に耳を傾けてみたいと思うような人がいない。「しかし、ここにいるじゃないか」と私は思いました。

 

天皇だから偉いと言ってるんじゃないんです。ひとりの人間、思索と行動を兼ねそなえた知識人として、本当に尊敬できる。「そのことをみんなに知ってもらいたい」という出版人としての本能が、この本を書いたきっかけです。

 

たとえば、天皇はこんな歌を作っています。

 

花ゆうしゃぎゆん(花を捧げます)

人【ふぃとぅ】知らぬ魂(人知れず亡くなった多くの人の魂に)

戦【いくさ】ねらぬ世【ゆ】ゆ(戦争のない世を)

肝【ちむ】に願て【にがてぃ】(心から願って)

 

これは琉歌という、沖縄の言葉で詠まれた歌です。何度読んでも、素晴らしい。この本を書こうと思うきっかけになった歌です。それは沖縄の友人からこういう話を聞いたからなんです。

 

「沖縄では、昭和天皇に対する批判はいまでも非常に強いけど、明仁天皇に対しては、それとは違う感情をもっている。というのも明仁天皇は、沖縄にしょっちゅう来て戦没者を慰霊してるんだけど、そのとき『琉歌』という沖縄の形式で歌をよんだりするんだよ」

 

そんなことはまったく知りませんでした。だいたい「琉歌」って何なんだ? そのとき教えてもらったのがこの歌です。本土の和歌は57577で詠みますが、琉歌は8886で詠む琉球王朝以来の定型詩なんです。

 

昭和天皇は戦後すぐの1946年から、巡幸とよばれる全国訪問をおこないますが、沖縄だけは反発が強く、ついに訪れることができませんでした。そのいわば名代という形で、1975年、明仁皇太子と美智子妃が沖縄を訪問しますが、そのとき「ひめゆりの塔」の前で過激派から火炎ビンを投げられるという大事件が起こってしまう。

 

しかしそれでも予定を変更せず、煙を大量にすいこんだ服も着替えず、明仁天皇と美智子妃が向かった次の慰霊の地が、この「魂魄の塔」だったんです。

 

これは、有名なひめゆり部隊で大切な2人の娘を失った父親が、沖縄戦の最激戦地に残る3万5000人もの身元不明者の遺骨を、軍人、民間人、日本人、アメリカ人のいっさいの区別なく、集めて慰霊した、沖縄で最初の慰霊碑なんです。

 

先の歌は、この慰霊碑の前に立って感じた厳粛な思いについてよまれたものですが、この中で歌われた「声なき人びとの苦しみに寄りそう」「魂をとむらい、花をささげる」、そういう基本的な姿勢が、「象徴天皇」という新しい時代の天皇の形を模索する明仁天皇の思想的な根幹となっていったのではないか、と私は思っています。

 

この「声なき人びとの苦しみに寄りそう」という象徴天皇のあり方がもっともはっきりと示されたのが、福島の原発事故でした。2011年12月16日、当時の野田首相が「原発事故収束宣言」を出します。そして原発災害については口に出しづらい社会の雰囲気が生まれます。

 

そんななか、明仁天皇はそのわずか2週間後、年頭の言葉ではっきりと「原発事故によってもたらされた放射能汚染のために、これまで生活していた地域から離れて暮さなければならない人々の無念の気持ちも深く察せられます」とのべられました。

 

災害はまだ何も片付いていないという明確なメッセージだったと私は思います。さらに特筆すべきは、その後も4年連続、年頭の言葉ではっきりと「放射能汚染はまだ終わっていない」というメッセージを発しつづけたということです。

 

過去を省みる天皇の姿勢は、どこから生まれたのか。それは戦争体験だと思っています。

 

私は2014年に書いた『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』という本で、なぜ国民の大多数が望んでいても、米軍基地や原発を止めることができないのか、その構造的な問題について分析を加えました。

 

つまり日本では、権力者の暴走を止めるべき憲法が機能していない。最高裁が完全に政府に従属してしまっていて、政府がやろうと思えば、どんなことでもできてしまう。そしていま、その問題とまったく同じ構造のもと、「戦争」の問題が急速に浮上しています。集団的自衛権の解釈改憲、安保法制の整備などが、国民の議論も合意もないまま急速に進んでいます。「日本はなぜ、戦争を止められないのか」という究極の問題が浮上してきた。

実はこの問題について、日本でもっとも深い思索をめぐらしてこられたのが、明仁天皇だと私は思っています。というのは明仁皇太子が天皇に即位するため、考え続けなければならなかった最大の問題は、前の時代に起きた大きな過ち、戦争という過ちをどうすれば自分の時代に繰り返さないですむかという問題だったと私は思うからです。

 

なぜ日本は第2次大戦を避けることができなかったのか。なぜ尊敬する父、昭和天皇は戦争を止められなかったのか。

 

たとえば、明仁天皇は15年の年頭の言葉で、「満州事変」という具体的な名前をあげて、そこに「始まる第2次大戦の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、いま、きわめて大切だと思っています」というメッセージを発しました。

 

明らかにいま、日本は危険な方向に向かいつつあると警鐘を鳴らしている。私たちはそのメッセージを受け止め、どうすれば日本は戦争を止められるのかという問題について、いま、真剣に考える必要があるのではないでしょうか。

 

旧版『戦争をしない国』を世に送り出してから3年が経ち、この間、天皇は自らのご退位を発表されました。一方で、「平和国家」「平和憲法」、日本人がもっとも大切にし、誇りにしてきた国のあり方が、何の議論も合意もないまま、完全に失われようとしています。

 

それでいいんでしょうか? いいはずがありません。天皇は自らの政治的メッセージが禁じられるなか、それでも、ぎりぎりのところで思いを伝えようとしてきた。果たして、我々はその言葉に耳を傾けてきたのでしょうか。そうした思いに駆られ、改めて、退位についての「お考え」の表明、最後のお誕生日会見など、この3年の間に発したお言葉を収録して、出版したのが本書です。

 

「平和国家・日本」という国のあり方について、もっとも深い思索をめぐらしてこられた明仁天皇の言葉をたどりながら、みなさんにもその問題を考えていただければと思っています。

――矢部宏治

 

 

 

天皇・皇后両陛下がのこされた32の言葉を美しい写真とともに紹介する国民必読の書。

2015年発売の『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』に、退位についての「お考え」の表明、最後のお誕生日会見などを新たに加えた増補改訂版になります。

これは本書に収録されたメッセージの一部です。

 

「普通の日本人だった経験がないので、 何になりたいと考えたことは一度もありません。 皇室以外の道を選べると思ったことはありません」

――明仁皇太子、1987年。アメリカの報道機関からの質問に対する回答。

 

「石ぐらい投げられてもいい。 そうしたことに恐れず、県民のなかに入っていきたい」

――明仁皇太子、1975年。沖縄訪問を前に。

 

「だれもが弱い自分というものを 恥ずかしく思いながら、それでも絶望しないで生きている」

――美智子皇太子妃、1980年。46歳の誕生日会見より。

 

込められた思い。

たくされた祈り。

あなたは天皇・皇后両陛下の言葉に耳を傾けたことがありますか?

 

☆「たくさんの読者に読んでもらいたい」という著者の思いから、下記、URLより全文公開中!

http://sgkcamp2.tameshiyo.me/MESSAGE

 

『天皇メッセージ』

著/矢部宏治 著・写真/須田慎太郎

 

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