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2018.11.26
孤独に生きる教員と女子大生が出会ったとき、〝止まっていた時計の針〟が動き出す。小学館文庫『妻籠め』
この記事は掲載から10か月が経過しています。記事中の発売日、イベント日程等には十分ご注意ください。
美しい文章で綴られた佐藤洋二郎の最高傑作!
東京の大学で中世哲学を教えるわたしは、6歳のときに父を亡くし、母親の手で育てられた。
小学6年生の頃、母親の代わりに自転車で届け物をしている途中、事故に遭い、足を引きずるようになった。
それ以来、母は自分を責め、わたしも母に負い目を持つようになっていた。
青年時代には、恩師とも言える神父の失踪と親しかった友人の自死を経験した。
どうしようもない寂しさと喪失感を抱えながら生きるわたしに、大きな転機が訪れる。
明るく感受性が豊かな教え子、真琴との出会いだった。
彼女のことを思い浮かべるだけで心ざわめくわたしは、真琴に勧められるままに山陰の神社を巡る旅に行くことになり・・・・・・。
‹‹湖を吹き抜ける風は心地いい。暗い湖に街の明かりが揺れ動いていた。
「腕を組んでもいいですか」
真琴は言い終わらないうちに、わたしの腕に自分の腕を通した。拒む理由はなかった。誰も知った者がいないという安心感が、心を解放していたのだ。真琴のやわらかな体温が伝わってきて、わたしの感情は高揚した。
「恋人同士に見えますか。見えたらいいんですけど」
風に乗って微(かす)かに真琴のあまい香りが届いてくる。彼女が一段と大人に感じられた。
「お父さんもこんな感じだったのかなあ」
「少し若すぎるんじゃないかな」
「顔も知らないんですよ」
わたしはそうなの? と問い返した。こちらも父の顔は朧気(おぼろげ)になったが、知らないということはない。彼女が不憫(ふびん)に思えた。
「だから父のような人が好きなんです。歳が離れた大人の人が。父とこうして歩けたら、どんなに嬉(うれ)しかったか」
「お父さんの代わりというわけか」››
自分の意思ではどうすることもできない運命が動き始めていた。
構想6年。
単行本刊行時「讀賣新聞」「毎日新聞」「東京新聞」「日本経済新聞」各紙に書評が掲載された、著者の最高傑作がついに文庫化!
解説は、文芸評論家の富岡幸一郎さんです。
‹‹この作品の原風景は、作者自身の風景でもある。日本の各地を作家は放浪するがごとく旅しているが、その紀行は『人生の風景』と題された一冊にまとめられている。
その巻頭に描かれているのが他ならぬ「宍道湖」である。この作品の主人公のように、父親を亡くして母親の郷里(山陰の石見(いわみ)太田)に移り住み、そこから松江に向って自転車で走り、出雲に入り夕暮れの宍道湖の美しい風景に子供ながら「心が洗われる」体験をしたことも記されている。そう、やはりこの作品は作家の「言葉の原郷」が舞台となっているのだ。佐藤洋二郎はすでに多くの感動的な作品を著わしてきたが、この一巻の深い感銘がもたらす美しさの格別の味わいは、そこから生れているのであろう。››(神話としての小説の故郷――――『妻籠め』解説より)
著/佐藤洋二郎
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