この秋、自身最長長編となる新刊『Q』を刊行した呉勝浩氏。
そして同時期に「初の犯罪小説集」と銘打った短編集『ツミデミック』を刊行した一穂ミチ氏。
現在の文芸業界を牽引する二人の対談は、呉氏による提案がきっかけだった。
ジャンルを超え、明かされる創作の共通意識とは。貴重な対談、必読です!

自己模倣はしたくない

呉勝浩(以下、呉): 一穂さんが『ツミデミック』という犯罪小説集を出されると知って、ぜひ対談してみたいなと思ったんです。
僕はこれまでミステリや犯罪小説と呼ばれるものを書いてきましたが、今回の『Q』はその枠からはみ出るような作品なんです。
それとほぼ同時期に、一穂さんが初の犯罪小説集を出したというのは、面白い巡り合わせだなと思いまして。

ミチ(以下、一穂): 他に適任の方がたくさんいるのに、なぜ私が? と思ったんですが、そういう経緯だったんですね(笑)。
『Q』を読ませていただきました。率直に言ってさっと読める本ではないし、安い本でもないですが、それに見合うだけの体験が絶対にできることは断言できます。
コスパとかタイパとかっていうけち臭い概念を踏み付けてくるような、圧倒的なエンターテインメント性があって、呉さんの力量を改めて感じました。
特にハチという主人公がとても魅力的ですよね。ピエール・ルメートルの『その女、アレックス』を思わせるようなタフさがあって。

ああ、なるほど。

前作の『爆弾』もぐいぐい読ませる傑作でしたが、あの作品の推進力って、スズキタゴサクという不愉快な登場人物が報いを受けてほしい、っていう動機ですよね。今回は真逆でハチには不幸になってほしくなかった。
ハチは決して善人ではないし、脛に傷持つ女性であることは序盤ですぐに分かるんですけど、好きにならざるを得なくて。どうかこの人が不幸になりませんように、と祈りながら読んでいました。

ありがとうございます。もう最高の感想です。

オタク特有の早口が炸裂してしまいました(笑)。

今まで書いてきた作品はミステリや犯罪小説といったジャンルを意識して描くことが多かったんですが、『Q』に関しては、あえて引きの強い謎や設定を用いずに書こうというのが挑戦としてあったんです。
やってはみたもののこれがめちゃくちゃ大変で、どうやって物語が進んでいくのか自分でも分からないまま、探り探り書き進んでいくという感じでした。なんとか完成させられて、一穂さんの感想を聞くことができたので良かったです。

ちっぽけな成功体験にしがみついて自己模倣なんかしたら終わりだぞ、という思いがある一方で、これまでの作品を喜んでくれた読者に対して全然違うものを出すのは裏切りじゃないか、という気もして……。いろいろ考えますよね。

分かります。でも自己模倣をしているなと思う時の、筆の進まなさ具合といったらすごいんですよ。書いていてもまったく面白いと思えない。
有栖川有栖先生が以前、「呉さんは毎回新しい人に出会いたいタイプなんだね」と言ってくださったんですが、そういう人間なんだと思いますね。

〝推し〟の時代を映し出す『Q』

『Q』は2020年代の現実をビビッドに映した作品でもありますよね。10年後に読んだら、こういう時代だったなっていうのを鮮やかに思い出せそうな気がする。
優れて現代的だなと思ったのが「異様な情熱」というキーワードです。少し前ならまっとうな情熱を傾ければきちんと報いられるという社会への信頼感があったと思うんですが、今はそういうモデルが崩壊していて、アイドルへの推し活に象徴されるように、みんなが異様な情熱を捧げる相手を探し求めている時代ですよね。
現代において夢は叶えるものじゃなく、賭けるものになっている。生身の自分で勝負するより、光り輝く誰かに自分を託したい。そういう時代の偶像として、もう一人の主人公キュウは非常によく描かれていると思います。話題の『推しの子』にも通じるというか。

『推しの子』は影響を受けてしまいそうで、まだ読んでいないんですよ。

作中に「嘘だけは、いつも自由だ」というキュウの言葉がありますよね。「嘘は愛だ」という『推しの子』とはまた違ったアプローチで現代を描いてるなって思ったんですよ。『推しの子』が好きな人は『Q』も読むべきですよ。

そうですか、僕も読まねば。

印象的なのはキュウのダンスシーンですね。マシンガンのようなスピード感のある文章で表現されていますが、身体表現を文章で書くのはすごく難しいし、大変なことだったと思います。

難しいですよね。今すぐYouTubeのURLを送るからこれを見てくれ、と言いたくなるんだけど(笑)、そこを文章で表現するしかない。
僕はダンスにまったく縁のない人間で、だからこそ憧れがあるんです。憧れる側の人間からダンスを書こうというのは最初からあって、それでBTSを1か月弱ぐらい見続けましたね。

おお。

ひたすらBTSを見て、彼らのダンスや音楽やPVに対して自分の心が揺さぶられた感覚っていうのを確かめておこうと思って。
『Q』の登場人物の多くはダンスのプロじゃないし、読者の多くもそうだと思うので、自分と同じような立場で感動してもらいたかったんです。

あのダンスシーンには呉さんご自身の憧れやリスペクトのまなざしが、そのまま写し取られているんですね。

『ツミデミック』が描くコロナ禍

現代という話で言うと2020年から23年ぐらいまでの間っていうのは、コロナの影響がすごく大きかったですよね。コロナによって社会の色んなことが加速した。
一穂さんの『ツミデミック』ではその新しい状況を自分の生活に昇華しようとする、いわばライフハックのようなものが描かれていて、僕も今回コロナを真正面から扱おうと思ったから、やられた感がありました。
コロナを小説にするならこのポイントを使いたいなと思っていたのと被っていた所もあれば、自分じゃ全然思いつかなかったポイントもあって。

執筆時期が2021年から23年なので、否応なくコロナを反映した小説になりました。

僕がびっくりしたのが「ロマンス☆」で書かれているウーバーの配達員で〝ガチャ〟をするという発想。しかも異様な人が異様な発想をするっていう話ではなくて、どこにでもいそうな人がちょっとしたことからこの楽しみ方を見つけて、はまり込んでいくっていう話じゃないですか。
このガチャという発想はどこから出てきたんですか。

以前、超イケメンのウーバーの配達員とすれ違ったことがあって、3度見したことがあるんです(笑)。そういう実体験と、コロナ禍に独り暮らしの女性がウーバーを頼んだら怖い思いをしたという報道があって、それを逆にしてみようかなという発想の組み合わせですね。

こんな発想があるんだって本当にびっくりしました。それがコロナという背景と相まって世界を完璧に作っている。すごく面白い作品でしたね。

そんなに誉めていただいて、恐縮してしまいますね。

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表紙
呉 勝浩(ご・かつひろ) 1981年青森県八戸市生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。2015年『道徳の時間』で第61回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。18年『白い衝動』で第20回大藪春彦賞受賞、20年『スワン』で第41回吉川英治文学新人賞、第73回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)受賞、第162回直木賞候補。21年『おれたちの歌をうたえ』で第165回直木賞候補。22年『爆弾』で第167回直木賞候補。