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2019.5.6
巨大企業を恣(ほしいまま)にした、信じられない「暴力」と「抗争」の真実『暴君 新左翼・松崎明に支配されたJR秘史』
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JR東労組から3万4500人が大脱走の怪
2018年春、JR東労組から3万3000人の組合員が脱退した。
その後も組合を抜ける者は増え続け、2018年末時点で脱退者は計3万4500人にのぼり、残る組合員は1万3000人弱となった。
かつての動労、JR東労組委員長にして新左翼「革マル派」の実質的な指導者と見られる労働運動家・松崎明の死から8年余り。
ようやくJR東日本が、「JRの妖怪」と呼ばれた松崎の〝呪縛〟から「完全に解放される日」が近づいてきたのだろうか。
松崎は1936年、精米業を営む父・登喜治と母・タネの間に生まれた。
高校卒業後、国鉄に就職し、国鉄動力車労働組合(動労)全国青年部の初代青年部長となった松崎は、ストを辞さない闘争手法で国鉄と対立。
1963年、ストライキに入り、威力業務妨害の容疑で逮捕され、国鉄を解雇される。
その後、動労の専従役員となり、尾久機関区を統合した田端機関区の動労・支部長、動労・関東地方評議会事務局長、動労・東京地本の書記長、動労・東京地本の委員長を歴任。
1975年の「スト権スト」など数々のストライキを指揮し、「鬼の動労」と呼ばれる過激な組織をつくり上げた。
‹‹松崎明は、日本の労働問題が燃え上がった戦後昭和で、もっとも先鋭的で過激な活動を繰り広げた「動労」(国鉄動力車労働組合)の闘士として、当局の合理化(リストラ)に猛然と反発、1975年(昭和50年)のスト権奪還闘争では国鉄最大の労組「国労」(国鉄労働組合)と一体となって、全国の列車を八日間にわたって止めるなど、〝鬼の動労〟の象徴的存在だった。
しかし、80年代後半、中曽根政権が進めた国鉄の分割・民営化に徹底抗戦する国労を切り捨て、それまで犬猿の仲だった、当局寄りの「鉄労」(鉄道労働組合)と手を組み、組織を挙げて労使協調、民営化賛成に回り、大転換の先頭に立った。〝松崎のコペルニクス転換(コぺ転)〟とも呼ばれたこの男の見事な〝変心〟によって国労は瓦解し、国鉄分割・民営化は軌道に乗って走り始める。
松崎は、「国鉄改革」の最大の功績者のひとりとなったのだ。
そして民営化後、崩壊した国労に替わりJRの組合を率い、会社側にも「影の社長」のような権勢をふるうことになる。労働運動家の花形だった松崎は、政治家や文化人、ジャーナリスト、作家など幅広く多彩な人脈を形成する。元警視総監の秦野章とはカラオケ仲間で、自民党主流派の〝ドン〟金丸信からは参院選全国区から出馬要請を受けたこともある。政治評論家の岩見隆夫、松崎の「偲ぶ会」で弔辞を読んだ作家・佐藤優や、東京都知事の小池百合子とも親交があった。
だが、松崎には、労働組合の〝名士〟とは別の、もうひとつの顔があった。非公然部隊を組織し、陰惨な〝内ゲバ〟で数々の殺人・傷害事件を起こしてきた新左翼組織「革マル派」の幹部でもあったのだ。››(序章「天使と悪魔」――ふたつの顔を持つ男)
2010年、松崎は間質性肺炎が悪化し、この世を去る。
それは、「戦闘的労働運動」の終焉を意味していた。
機関士に憧れた少年から「革マル派」最高幹部、JR東日本「影の社長」へ。
これまで封印されてきた〝暴君〟の生涯とは・・・?
『昭和解体』の著者が、マスメディア最大のタブー「平成JRの裏面史」に挑んだ画期的ノンフィクション!
著/牧 久
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