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2019.3.12
簡単に「嫌韓」って言うけど、国籍だけで態度を決めるの?『緑と赤』
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ふたつの国の狭間で迷う、揺れる、恋をする
二〇一三年の夏、在日韓国人の大学生・知英はパスポートを取得した。
表紙の色を見て、改めて自分の国籍を意識する。
K-POPが好きな友人の梓は、在日韓国人だと知ったらどんな顔をするだろう。
‹‹知英は、バッグからパスポートを取り出して、パンフレットの上にそっと重ね置いた。
緑色の冊子。ハングルの文字。
梓は目を見開き、硬い表情でパスポートに手を伸ばし、ページを開いた。そして、知英の写真の面前の知英自身とを見比べ、「へえー」と表情を和らげた。
「やっぱり、ジヨンっていうんだ。可愛い名前だよね」
梓は、パスポートを知英に返してきた。予想外の反応に戸惑う。
「驚かないの?」
「なんとなくそうかなって」
知英は肩すかしをくらったような気持ちで返す言葉を失っていた。別に大げさに驚いてもらいたいわけでもなかったけれど。
「知英って名前の漢字、KARAのジヨンと同じで、なんとなく韓国っぽいじゃん。それにさ、金田だから、もしかして金さんかなあとか」
梓は韓国のアイドルグループの名前を出した。日本でも人気があったので、知英も知っていたが、メンバーの名前までは知らなかった。
つまり知英の名前は、わかる人にはわかる字面だったのか。金田という中途半端な苗字も恨めしい。
「じゃあ、説明はいらないよね」知英はパスポートをバッグの奥に突っ込む。
梓が、私さあ、と真剣な面持ちで知英を見つめる。
「韓国人の友達が欲しかったの」梓はしきりにうなずいている。
「そうなんだ」と梓の視線から逃れて答える。梓の反応はちょっとずれているような気がして、しっくりしない。
それからは梓の質問攻めだった。梓がどこかうきうきしているように知英の目には移った。
パスポートを取得して初めて、慶尚北道の大邱というところが本籍地だと知ったと言うと、梓に「信じられない」と驚かれた。
「だって、本籍地がどこか知らなかったなんて」
「韓国に一度も行ったことないし」
「行ってみたくないの? じぶんの国でしょ?」
「別に。特には。機会もなかったし。うち、親戚づきあいとかも、まったくないし」››
在日韓国人だと意識したことなどなかったのに、街で遭遇したヘイトスピーチに戸惑う知英。
「なにじん」なのか、居場所はどこにあるのか、友人と分かり合えないのはなぜか。
自分に問い続ける知英は少しずつバランスを失っていく・・・。
第一章 知英
第二章 K‐POPファンの梓
第三章 新大久保のカフェで働く韓国人留学生のジュンミン
第四章 ヘイトスピーチへの抗議活動に目覚める良美
第五章 日本に帰化したのち韓国で学ぶことを選んだ龍平
第六章 もう一度知英
一章ずつ視点人物が変わる連作短編集。
ふたつの国で揺れる五人の男女の葛藤と再生を描く。
解説は、作家の中島京子さん。
「いまは、混迷の時代で、日韓の関係も難しいところがあるし、世界的にヘイトスピーチが席巻していて、日本ではそれが韓国、そしてくっきりと在日をターゲットにしている。困難な時代だ。でも、それだけではない。
深沢潮という作家がいて、この国に暮らす在日コリアンの声を言葉にしてくれる。深沢さんは、在日だけを描いているわけではない。深沢さんは、この国にいっしょに生きている様々な人の声を言葉にした。私たちみんなを、書いてみせてくれたのだ。それぞれが、〇〇人という属性以前に、自分自身である。弱く、小さいながらも、人と出会うことで学び、変化する可能性を持った、個人たちを。
『緑と赤』は、緑や赤のパスポートを持った人たちの、あるいはパスポートを持っていないかもしれないけれど、〝日本に在る〟人たちの物語だ。それは、ここで暮らす私たちの物語だ。物語の中で、私たちのような誰かが右往左往している。私たちは、登場人物たちのおぼつかない歩みを自分のもののように読むことによって、彼/彼女らの手にした静かな希望をも、受け取ることができるのである」
著/深沢 潮
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