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2018.7.13

【第4回】池井戸潤の大人気シリーズ、待望の最新刊『下町ロケット ゴースト』第1章[4]を無料公開中!

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【第4回】池井戸潤の大人気シリーズ、待望の最新刊『下町ロケット ゴースト』第1章[4]を無料公開中!

この夏、最注目小説の第1章を特別連載。シリーズ累計250万部突破の大人気シリーズに、待望の最新刊が登場! 大田区の町工場・佃製作所にまたしても絶体絶命の危機が訪れる。そんな中、社長の佃航平は、ある部品の開発を思いつくのだが……。宇宙(そら)から大地へ――いま、新たな戦いの幕が上がる!

第1章 ものづくりの神様[第4回]

 佃と山崎のふたりが、ロケット打ち上げに向けた会議に出席するため帝国重工本社を訪ねたのは、その翌週のことであった。

 小型エンジン製造が佃製作所の主業だが、その一方、大型ロケットの水素エンジン用に供給しているバルブシステムは、いまや佃製作所の代名詞といっていいキーデバイスである。佃製作所の技術力が業界で〝ロケット品質〟といわれるのも、この供給実績あってのことだ。

 会議がはねたのは午後五時過ぎ。その後、開発の現場責任者である宇宙航空部の財前道生に誘われて向かったのは、八重洲にある洋食屋であった。

 「次回の打ち上げもよろしくお願いします」

 グラスのビールで乾杯した財前は、いつになく硬い表情になって続けた。「もうお聞き及びかも知れませんが、任期満了になる来期限りで、藤間の退任が既定路線になりつつあります」

 「藤間社長が退任?」

 佃は、切っていたローストビーフから思わず顔を上げた。「来期ということは――」

 帝国重工は三月決算なので、再来年ということになる。藤間秀樹は、大型ロケット打ち上げ計画「スターダスト計画」をぶち上げ、日本の宇宙航空分野をリードしてきた立役者だ。

 「先日、新聞などでも報道されたのでご存じかと思いますが、いま弊社を巡る経営環境は相当厳しいものになっていまして」

 「ヘイスティングスの件ですか」

 佃はきいた。米ヘイスティングス社は、巨額損失を計上した帝国重工の子会社だ。

 案の定、財前は首肯した。

 「ヘイスティングス社の買収は、実は藤間が主導したものでして。それだけではなく、受注した豪華客船シースターも設計変更に次ぐ変更で、納期を大幅に遅延して赤字が膨らんでおります。巨額予算を投入したリージョナルジェットも、完成が大幅に遅れ、いまだ実用化の目処が立っていません。いろいろ不運も重なったとはいえ、藤間への経営責任の声が日増しに強くなっています」

 話の成り行きを予測して、佃はフォークとナイフを置いた。

 「スターダスト計画は大丈夫なんですか」

 「そこなんです」

 財前は本題に入った。「スターダスト計画は藤間肝いりの事業で、それなりの打ち上げ実績を残してきました。ただ、大型ロケットの打ち上げ事業が儲かるかといえば、そういうことはない。民間ビジネスとして開花するのは、当分先のことになるでしょう。いまこの事業に対しても、社内での風当たりが相当に強くなっているのが実情です。儲かっているときならいざしらず、この逆境で、継続する意味があるのかと」

 「ちょっと待ってください」

 山崎が慌てていった。「じゃあ、なんですか。藤間さんがもし社長じゃなくなったら、ロケットの打ち上げ事業そのものから撤退されるかもしれないと。そういうことですか。それは間違ってますよ。ここでやめてしまったら、日本の宇宙航空分野は――」

 「ヤマ。ヤマ――」

 思わず熱くなった山崎を、佃は制した。「そんなことは財前さんが一番よくご存じのはずだ」

 「も、申し訳ない。つい」

 頭を下げて口をつぐんだ山崎に代わり、佃はきいた。

 「しかし、この早い時期から後継の社長人事が動き出すとは、さすがに帝国重工さんですね」

 「お恥ずかしい話ですが、役員同士の勢力争いとでもいいますか」

 財前は渋い顔になる。「現会長と藤間との不仲もそれに拍車をかけておりまして」

 現会長の沖田勇は、経団連会長も務めた日本経済界の重鎮だ。会長とはいえ、代表権をもっていまだ帝国重工内に隠然たる力を持つといわれている。

 「本来であれば、藤間が意中の人材を登用するところですが、経営責任を問われている今となってはそうもいかず、反藤間の動きが急速に活発化しておりまして」

 「反藤間、ですか」

 暗澹たる思いで佃はいった。佃自身、佃製作所の社長になるまで宇宙科学開発機構という国の組織で研究職にあった。そこにも派閥や官僚的な縦割り意識といった悪弊が蔓延っていたが、帝国重工にも同様の、いやそれ以上の様々な思惑が複雑に絡み合っているに違いない。

 「藤間の経営責任が問われ、沖田会長の息のかかった者が社長になるとすれば、次期社長として有力視されている役員がひとりいます」

 財前はその名を告げる前に、一拍の間をおいた。「――的場俊一。国内製造部門を統括する者ですが、いわゆるヒラの取締役です。決まれば、二十人抜きの抜擢になるでしょう」

 山崎が目を丸くしたが、財前の硬い表情は変わらぬままだ。

 「何かあるんですか」佃が問うと、

 「かつて、私は的場の下にいたことがあって、実はいろいろと親しい」

 そんな返事があった。

 「次期社長と親しいんなら、結構なことじゃないですか」

 意外そうにいった佃に、

 「この組織で、親しいことがいいことだとは必ずしも言い切れません」

 財前は謎めいたことを口にする。「的場さんは反藤間の急先鋒だ。もし社長になれば、藤間路線を徹底的に否定するでしょう」

 「つまり、そのときには、スターダスト計画も存亡の危機だと」

 問うた佃に、財前は肯定の沈黙を寄越した。

 大型ロケットエンジンのバルブシステムの供給は、佃製作所にとって精神的支柱だ。いまそれが、全く手の届かないところで窮地に追い込まれようとしている。

 「覚悟はしておきます」

 佃はそうこたえるのがやっとだった。

 

『下町ロケット  ゴースト』は7月20日発売です。

小学館文庫『下町ロケット  ガウディ計画』を7月6日に刊行しました。

最新情報は小学館「下町ロケット」特設サイトをご覧ください。

『下町ロケット  ゴースト』第1章無料公開全5回、毎日更新します!
第1回(7月10日公開) 
第2回(7月11日公開) 
第3回(7月12日公開)