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2019.9.22
読後、この本のタイトルが心に刻まれる。翼をもがれても『空は逃げない』
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同姓同名のふたりが経験する天と地。
大学陸上部のチーフコーチ、佐藤。
車椅子のカメラマン、リンタロウ。
かつて彼らは、同じ大学で棒高跳びの練習に励んでいた――。
佐藤倫太郎と佐藤林太郎。
ふたりは学部こそ違えど、同じ陸上部で、競技まで同じ。
周囲からは紛らわしいことこの上ないため、しだいにA太郎、B太郎と呼ばれるようになった。
さらに言えば、Bの太郎のほうが、Aクラスの成績をもつ全国レベルの花形選手。
かたやAの太郎のほうは、入賞経験なしの平凡な選手。
今日も練習場には、B太郎の姿をひと目見ようと、追っかけのファンが集まっていた。
スマホのシャッター音を気にするB太郎を尻目に、A太郎が助走に入った。
‹‹脱兎(だっと)の勢いで飛び出して、さらにスピードを上げていく。強くなってきた向かい風に、挑むように両肩を大きく上下させる。ポールを持つことにより両手がふさがっていて腕が振れないため、代わりに肩でリズムを作るのだ。ポールは軽く保持し、リズムを全体に行きわたらせる。
棒高跳びのポールの長さは、五メートルほど。これをボックスと呼ばれる溝に差し入れて留め、そこを支点として跳ぶ。ボックスはバー手前側の着地マットの中央に設置してあるので外からは見えにくいが、鉄製の四角いくぼみだ。
ボックスまで、あと六歩。A太郎はポールを握り直して下ろす。
この瞬間は大切だ。体の動きを意図ではなくポールに任せるようにする。ポールが重力のままに降りてきたら、一気に両腕を上げる。そして、下を向いたポールの先でボックスの底をすっと突き、滑り込ませるようにして立てる。
正面から。素直に。
ポールが向こうの壁に阻まれ止まり、A太郎は足全体で力強く地面を蹴った。体が浮く。ぎゅっと握ったポールがしなる。
ここでポールに置いて行かれてはいけない。素早く両足を振り上げて、頭に膝を近づける。なるべく体を小さく丸めて空中で静止。この瞬間をタメという。タメは大切だ。しっかりタメることにより、ポールから大きな反発力がもらえる。››
いつもグラウンドの傍らで、ふたりの練習風景をスケッチしている芸術学部の絵怜奈。
彼女はA太郎の〝タメ〟の姿勢、B太郎の〝飛び立つ瞬間〟が好きだった。
男女三人がすごした大学時代と数年後の現在、ふたつの時代を往還しながら、物語は次第に思いもよらぬ場所へと読み手を誘う。
彼らは、いつ何を〝タメ〟、どこへ〝飛び立つ〟のか?
多くの人がまず味わうことがないであろう、棒高跳びの感覚を疑似体験できるリアルな描写が秀逸。
「空は逃げない」。
読後、この本のタイトルが心に刻まれる。
帯推薦文は「凄すぎて、この本の感想がどうしても書けません」という紀伊國屋書店梅田本店・百々典孝さん。
「読んでいる間は、常に鳥肌と涙腺が交互にざわついて心が苦しくなりました。
読み進めたいけど読みたくない葛藤のようなものがずっとつきまとい、一日一章しか読むことができませんでした。
自分の半生を振り返りながら、何度も同じ章を読んだのも初めてのことです。
この本のことを思い返すと呼吸が苦しくなる感覚はまだあって、感想のようなものは、読み終えた今も、まだしばらく出てきそうにありません」
著/まはら三桃
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