日本美術全集

全20巻

日本美術全集の刊行にあたって 辻惟雄

世界あるいは日本の美術史上の作品を網羅して、パブリック(一般読者層)に提供する大型の「美術全集」が日本で初めて刊行されたのは、昭和初期の平凡社版『世界美術全集』(1927〜30)が最初とされる。

第二次大戦後、平凡社から再び『世界美術全集』が出された。そのとき高校3年だった私は、父にねだって、黄色い布の表紙に皮の背表紙をつけた第1回配本を手に入れた。そのときの喜びは忘れられない。

以後、角川書店版『世界美術全集』を経て、小学館の『原色日本美術』(1966‐1972)が空前の美術出版ブームを巻き起こし、その余熱のなかで、学研版『日本美術全集』(1977-80)、講談社版『日本美術全集』(1990‐94)、小学館版『世界美術大全集(西洋編・東洋編。日本美術は含まず)』(1992‐2001)と続いた。しかし、このあたりで、美術全集の刊行は途切れてしまう。編集費の増加が定価を釣りあげた。テレビの美術番組や展覧会カタログが充実してきた。執筆内容がアカデミックで難解になった。大型本を置く場所がない、などの理由に加えて、コンピュータによるデジタル画像の普及が、紙に印刷する美術図書の存続を脅かしている、という見方もある。

だが、そのような状況にあっても、従来の大型版『美術全集』は引き続き必要だ。

美術作品の観賞には、大型の図版が必須である。将来それは、家庭に備えられた大型の液晶パネルに表示された画像に取って代わるかもしれない。だが決して簡単には実現しないだろう。版権など、ややこしい問題が控えているからだ。場所塞ぎとはいえ、大型本『美術全集』の役割はまだまだ続くだろう。ただ、古びた内容だけは御免だ。

今回の企画は、アカデミズムの世界からスタートしながら、あえて日本美術の広報担当者を目指す山下裕二氏の案に基づいて発足した。気鋭の若手美術史家の登場を促すと同時に、難解な論文をチェックする。最近の研究成果を反映させ、若者の美意識にも添った新たな作品の価値づけをする。新鮮で魅力ある図版を載せる。「東アジアの中の日本美術」(第6巻)、「若冲・応挙、みやこの奇想」(第14巻)「激動期の美術」(第16巻)、「戦争と美術」(第18巻)など、巻立てにも新しさを盛り込む――こうした様々の工夫がなされている。

20年ぶりの『日本美術全集』に、ご期待いただければ幸いである。

編集委員

  • 辻惟雄
    東京大学名誉教授
  • 泉武夫
    東北大学大学院教授
  • 山下裕二
    明治学院大学教授
  • 板倉聖哲
    東京大学教授