日本美術全集

全20巻

日本の心が紡いできた比類なき「美」。「日本美術全集 全20巻」。今、日本に存在する「最高の美」のすべてがここに。

第10回配本 前衛とモダン(明治時代後期〜大正時代)

 
責任編集/北澤憲昭(女子美術大学教授)
定価本体15,000円+税
ISBN9784096011171
判型・仕組B4判/320 頁
カラー図版口絵144ページ・カラー図版両観音16ページ
モノクロ解説ページ160ページ/上製・函入り/月報付き

もくじ

  • はじめに 北澤憲昭
  • テクノロジーからアートへ──制度史的なスケッチ 北澤憲昭
  • 「表現」の絵画 北澤憲昭
  • 図案と写真 森 仁史
  • 都市空間のなかの造型──建築・彫刻・工芸 藤井素彦
  • 前衛──越境する美術 滝沢恭司
  • コラム/日本近代美術史にみるユートピア思想 足立 元
  • コラム/震災の記録画 ジェニファー・ワイゼンフェルド
  • コラム/書の近代──「型」から造型へ 天野一夫
  • コラム/偶景『狂った一頁』──日本映画と表現主義の邂逅 藤井素彦
  • コラム/いけばなの近代化と未遂の前衛 三頭谷鷹史

概要

黒田清輝、青木繁から始まるこの巻では、明治が創り上げた「美術」が大いに変容していく時代に登場した作品を、「自己表現の自覚」と「社会性への目覚め」という新しい視点と数多くの作品で俯瞰します。自画像、抽象画、商業美術にモニュメント、パフォーマンスまでが登場、現代美術の“何でもアリ”の状況を遡源すると、この時代の美術にたどり着きます。一方、揺れ動く時代にあっても日本美術の伝統は脈々と受け継がれてもいきます。ページをめくるごとに新鮮な驚きに出会えるこの巻に掲載されるカラー図版は、他の巻のほぼ2倍近い250点余。モノクロの挿図も約100点を収載。まさに美術の豊穣と混沌を堪能できる1冊です。

注目点

 この巻は、他の美術全集に多くみられるような、ジャンルや年代などで章立てするのではなく、「表現」という言葉を中心に据えて構成しています。ゆえに、監修者を含めた製作の意図が、一見わかりにくいところがあるのは否めません。例えば、掲載した作家の作品選択や作品数の多寡だったり、日本画と洋画の混在の仕方だったり、油彩作品と版画を同一ページに掲載したり、あるいは作品の並べ方だったり……。そういった点、少し説明がいるかもしれません。
 もちろん図版ページだけ捲っても、作品の素晴らしさや面白さが伝わるものがほとんどですし、作品解説を、図版をみながら読んでいただいたり、論考を事前に(あるいは図版をみた後に)読み通していただければ理解がより進むことでしょう。しかし、とりあえず下記の構成意図をお読みいただければ、本巻をより楽しんでいただけるのではないかと思います。

第1章 平面造型──「表現」の時代
 1893(明治26)年にフランスから帰国した黒田清輝が、「美術」の新たな地平を切り拓きます。印象派の影響を受けた黒田は、この時代の日本にあっては前衛そのものでした。冒頭のページを飾るのは、その黒田の《舞妓》です。日本の伝統的な“素材”を、西洋的な技法を取り入れて描いた《舞妓》に続く一連の黒田の作品に、「再現」を超えた「表現」を感じていただければと思います。そして藤島武二、青木繁と、黒田に連なる作家の作品を、図版に加えて作品解説もご覧いただければ、「表現」の時代の始まりがより理解できると思います。そして和田三造、萬鉄五郎、長谷川利行、熊谷守一ほか掲載した多くの画家たちに、「表現」への努力、実験、格闘の成果を感じつつ、岸田劉生に、この時代のひとつの頂きをみます。2点の「麗子像《麗子肖像/麗子五歳之像》と《麗子像/青果持テル》」を開くと、3点の風景画(《代々木附近/代々木附近の赤土風景》《道路と土手と塀/切通之写生》《門と草と道》)が三幅対で掲載されています。こういった流れ(展開)で、この時代の絵画を見ると、また違った様相が立ち上がってくるのが感じられるでしょうか。
 一方、この時代に活躍した横山大観、菱田春草、竹内栖鳳、鏑木清方らの作品を紹介しています。絵画の流れ、展開が大きく変化を遂げている時代にあっても、長年に亘って培われた日本の伝統もまた、多くの素晴らしい作品を生んでいることに安心もし、あらためて感動が呼び覚まされます。同時に、その日本画も、この時代を席捲した洋画の影響や「表現」への欲求が反映されている作品があることにも気がつきます(竹内栖鳳の《羅馬之図》など)。
 また、この時代には、伊東深水、川瀬巴水らの新版画や山本鼎の創作版画などの版画や、大下藤次郎や丸山晩霞らの水彩画にもあらたな試みがなされ、松岡映丘の《さつきまつ浜村》にみられるように、やまと絵にも「表現」を意識した作品が生み出されています。そして、ついにというべきか、日本初の抽象画といわれる作品、萬鉄五郎の《無題》が誕生します。
 そしてもうひとつ。この時代は、印刷技術の進化による印刷物の大量生産や、百貨店の誕生にみる大衆消費が顕著になった時代でした。それに伴うポスターやチラシなどの宣伝物の登場や商品のパッケージの多様化、さらに新聞、雑誌などのメディアのほか単行本も活況を呈しました。その結果、これらのジャンルに多くの作家たちが作品を発表することとなり、図案家と呼ばれる職業が誕生しました。三越の図案部主任だった杉浦非水によるポスターのほか、数多くの作品を掲載しています。

第2章 立体造型──リアリズムと構成
 この時代の彫刻は、ロダンに影響を受けた荻原守衛と高村光太郎に始まるといってもいいといえますが、彼らより少し前にも、海外の影響を受けたり学んだりした米原雲海や長沼守敬などが意欲的な作品を発表しています。そしてそれらはラグーザの移入した西洋彫刻が、やはり絵画と同じように、自己「表現」の素材として作品へと結実していくものでした。欧風の写実表現を木彫という在来技法で表現した米原雲海の《善那像》で始まる第2章も、やはり「表現」をキーワードにした作品を中心に展開、そして彫刻、工芸、建築という内容で構成しています。工芸では、この時代の工芸作品では最初に重要文化財に指定された板谷波山の作品《葆光彩磁珍果文花瓶》を掲載、そして生活の芸術を標榜した民芸の作品は、実際に、それらが置かれた生活空間とともに掲載しました。

第3章 前衛──越境する美術
 この章では、絵画、立体作品を問わず、美術というジャンルを超えようとする作品を中心に構成、掲載しました。始まりは、ロシア革命を逃れて来日したヴィクトル・パリモフとダヴィト・ブルリュークの作品。パリモフの《踊る女/シャンソネトカ》は、よくみると絵画の上に布などが貼られ、コラージュの先駆けとなった作品であることがわかります。カンディンスキーとも交流があったブルリュークは、たちまち日本のアヴァンギャルドたちに衝撃と影響を与えました。それは掲載した神原泰や尾竹竹波の作品にうかがえるでしょうか。
 そしてこの前衛の傾向を深め、多方面で大きく動かしたのは、1923(大正12)年にベルリンから帰国した村山知義でした。カンヴァス自体の形を変えた作品《サディスティッシュな空間》、布に詰め物をした、欠けた逆十字型の物体をコラージュした《美しき少女らに捧ぐ》のほか、構造主義的造型の《コンストルクチオン》などを発表、その活動の成果は、これらの絵画や立体作品にとどまらず、舞台美術やパフォーマンスなどにも及びました。村山は「美術」からの越境を果たすとともに、それまでになかった「美術」を現前させたのでした。この3章は、本全集における“異貌の美”が、まさに踊り出したといってもいい構成になっています。

(編集担当・河内真人)