•  時間を隔てた無関係なはずの死亡事件がつながり、衝撃の真実を明かす『あの日、君は何をした』が24万部を超えるベストセラーとなっている、まさきとしかさん。
     北海道を代表する人気ミステリー作家として、多くの読者から支持を集めています。
    最新作『彼女が最後に見たものは』は、『あの日、君は何をした』の続編となる長編ミステリー。
     切れ者の刑事・ と後輩のどころ のコンビが、ホームレス女性の殺害事件を捜査します。
     今回は刊行を記念して、まさきさんと若木さんとの対談が行われました。まさきさんをデビューから応援する若木さんが、本作への思い入れを語り、まさきさんが真摯に応える濃密な対話となりました。

    読み終わった瞬間に売れる! と確信

     『彼女が最後に見たものは』は、遺体で見つかったホームレスと思われる中高年の女性が、ある殺人に関わっていた疑惑が浮上するところから物語が始まります。
     この話は、以前から構想されていたのでしょうか?

     3〜4年ぐらい前に、初めて小学館の担当編集者さんとお会いしたとき、頭のなかにひとつの情景がありました。
     雑草の生えた川べりに、ホームレス風の老婆がひとり、うつ伏せで倒れて亡くなっているという情景です。歳を取ってからのホームレス生活は つらかっただろうし、命を落とすまで誰も助けてはくれなかった。はたから見れば、かわいそうな生涯でした。
     でも彼女は、本当にかわいそうだったのかな? ホームレスではあっても、不幸だったかどうかなんて、彼女自身にしかわからないはずです。川べりで孤独に死ぬまでどんな人生を経てきたのか、想像して、描いてみたい気持ちがありました。
     でも当時は、ストーリーに起こすほどの具体的な構想がなくて、『あの日、君は何をした』を書くことになりました。
     そして今回、新作を書くにあたって、ホームレスの老婆の死の情景をまだはっきり覚えていたため、担当編集者さんと話し合って、物語に乗せていくことに決めました。
     編集者さんには「年齢や環境がまったく違う3人の視点の話を、まさきさんならどう書くのか読んでみたい」と言われました。それは面白そうだな、と。亡くなった高齢女性の人生描写と、違う人物の視点がからみあう構成の、ふたつの要素をかみあわせた物語にしていこうと思いました。

     私は先に、ゲラで読ませていただきました。本当に、面白かったです。

     ありがとうございます。

     素晴らしかった前作『あの日、君は何をした』を、さらに上回っていました。
     読み終わった瞬間、これは間違いなく、売れる! と確信しました。
     小学館の担当の方に、配本の注文の段階で「絶対に売れます!」と、興奮して伝えさせていただきました。

     嬉しいです。若木さんにはいつも、本当に熱心に応援していただいて、感謝しています。

     前作に続き、警視庁捜査一課の刑事・三ツ矢秀平と、後輩の田所岳斗のコンビが登場します。敏腕だけど少し浮世離れした三ツ矢と、すねている感じが可愛かわいい田所の掛け合いが、とても楽しいです。

     三ツ矢と岳斗のコンビをもう一度みたい! という読者の方の声が、たくさん届きました。あのふたりは、すごく人気があります。今回は、「三ツ矢シリーズ」の第2弾という位置づけになります。

     主人公のひとり、まつなみいく にも引きこまれました。冒頭、遺体で発見されたホームレスの女性です。
     むごい事件なのですが、生前の周りとの関係性が解かれていくなかで、彼女の人物像が明かされていき、最後まで、ページをめくる手がぜんぜん止まらず、一気に読めました。

     若木さんにそう言っていただけると、安心します。

    幸せを求める底なし沼にはまっている

     主人公のひとりのひがしやま は、夫を殺害された40代の女性です。SNSへの投稿をきっかけに、彼女の闇の部分も描かれていきます。

     里沙は、はた目には幸せなはずの女性でした。けれど満たされない、深い欠落を抱えています。

     彼女は、どうあれば幸せだったんでしょうか。

     難しいですね。里沙は、他人から見た自分が価値基準になっている。周りの視線には敏感だけど、自分自身は、あまり見えていない人です。
     例えば宝飾品、洋服、素敵な家族など、他人の欲しがるようなものを手にしても、「もっと羨ましがられたい」「もっと幸せに見られたい」と、欲望が尽きません。
     欲張りというのとは違って、自分の幸せの基準が、はっきり定まっていない。だから、充分に幸せなはずの環境に対して、「何か違う」と思ってしまうんですね。もっと自分は幸せになれるはずなのに、どうして満たされないの……と、人生への不満が積もっています。
     幸せを求める底なし沼にはまっているような女性です。残念だけど永遠に、幸せにはなれないでしょうね。
     幸せは自分の心が決める、なんてありふれた言葉ですが、最近は本当に、そのとおりだなと思っています。
     幸せって結局、「私」が決めること。幸せを得るのではなく、幸せに気づくという、悟りの境地に近い心が必要になってきます。そういう悟りの真逆にいるのが里沙。いまの時代は、里沙みたいな人が、すごく多いと感じます。
     実際は幸せなのに、気づけない。あるいは、何かのこだわりが邪魔して、手にしている幸せに気づこうとしない。ただ、頭では理解していても、心が悟りの境地まで成熟するのは、そう簡単ではありません。
     SNSでキラキラ生活を発信して、満足したつもりになっている里沙の姿に、「こういう人、いる……」と思う人は少なくないのではないでしょうか。

     最初に里沙の家を訪ねたとき、出窓のフラワーアレンジメントの違和感に三ツ矢が気づきます。
     あのくだりは里沙の人となりを、よく表していますね。他人からどう見られるか、またどう振る舞えば角を立てずにいられるか、周囲にばかり注意が向いている女性だと、わかります。
     他人のご機嫌とりに、気持ちを奪われているんですね。すごくかわいそうな人だと思いました。

     里沙にとって自分以外の人間は、みんな脇役で、その脇役に振り回されている感じですね。つまるところ、他人に関心がない。家族や友人を含めた、他者への愛情が希薄なのでしょう。
     若木さんの言われるように、かわいそうな人かもしれませんが、私も振り返ってみると20代は、里沙みたいな生き方をしていたなと思います。いや、もしかしたら割と最近の40代まで、そうだったかも……と、描きながら身につまされる女性でもありました。

     私も、同感です。

     若木さんも、他人の目が気になる時代って、ありました?

     いまでも気になります。やっぱり他人の目を無視するとか、社会人としては難しいので、まったく気づかわずに暮らすことはできません。
     ただ、視野を広く持つ意識は、心がけたいですね。里沙も、ほんの少し視野を広くしていれば、幸せになれたはずですよね。

    過去の隠された真実を知りたい三ツ矢

     そんな里沙に、三ツ矢は遠慮せず、ぐいぐい攻めこみます。三ツ矢ならではのやり方ですね。

     実は、三ツ矢がどう動くのかは、私もわかりません。
     『あの日、君は何をした』のときも同じでしたが、執筆前のプロット段階では、事件と出来事を羅列しているだけで、三ツ矢は出ていません。彼が何を考えて、どのように捜査を進めていくのか、書き出すまで私自身も知らないんです。

     そうなんですね、意外でした。頭脳めいせき で、被害者にも加害者にも寄り添う慈愛のこもった彼のキャラクターは、とても魅力的。綿密に練りこまれているように感じました。

     全然そんなことないんです。うまく犯人にたどり着くのかな、解決できるのかなと、読者の方に近い目線で、彼の行動を見ています。「三ツ矢、本当に頼むよ。お願いします」と、祈るような気持ちで書き進めていきました。
     フラワーアレンジメントへの違和感は、私ではなく三ツ矢が気づいたこと。その先も、書き手の私でも気づけなかった事実を、いくつも探り当て、事件の真相に迫っていきました。
     少し変わり者だけど、やっぱり三ツ矢はすごい! と感心しました。

     かみあってないようで、ちゃんと信頼しあっている、岳斗とのコンビネーションも面白いですね。捜査の過程で、岳斗から責められる場面も、ぐっときました。

     三ツ矢は事件の関係者にぐいぐい行きますが、悪気があるわけじゃない。真実に近づいていくことで、ずっと自分のなかで解けない、母親を殺された過去の真実を知りたいと思っているのではないでしょうか。
     三ツ矢のことは私もよく把握していないので、推測でしかありませんが、本質的には他人のことを考えられる、優しさに満ちた人物だと思います。

     三ツ矢は、私も大好きです。彼の捜査は里沙の隠し事と同時に、郁子の生前の行いも明かしていきます。
     私は、本作の登場人物ではとりわけ、郁子への思い入れが深いです。郁子は、最愛の夫を、先に亡くしています。それは、事件のすべての発端とも言える、重大な出来事でした。
     先だった夫への思慕が、いつまでも断ち切れない。思い出にとらわれた人生は、私自身の境遇と、深く重なっています。

    苦しみや悲しみをそぎ落として残るもの

     私も過去に、郁子と同じく大事な人をうしない、長いあいだぼうぜん と過ごしていました。
     郁子が買い物に出て、エコバッグの底が抜け、玉子や玉ねぎや牛乳が落ち、立ち尽くしている場面があります。あそこは本当に、胸がつまりました。
     ほとんど同じような出来事が、私にもあったんですね。近所でスイカを買って帰るとき、ヒモが切れて、坂道をスイカが転がっていきました。追いかけるでもなく、ただ見てるだけ……スイカを落っことして、一緒に困ったり、拾いに行ってくれる人がいない。
     あのときの途方に暮れた、果てしなく寂しい気持ちを、思い出しました。
     私にとっては、『彼女が最後に見たものは』は、郁子の物語です。読者の側が、生きている間に苦しみとか悲しみを全部そぎ落としたら、何が残るのだろう。人生を意味づけるものは、何だろう。
     そういう問いかけをしたとき、郁子の生涯を、ちょっとでも思い出してくれたらいいなと思いました。

     心から、嬉しいご感想です。苦しみとか悲しみをそぎ落としたとき、人生に何が残るのか……若木さんのご経験と共に、胸をうたれる言葉です。
     今回の小説では、お金とか人間関係とか、すべて取り払われたあとの、人間の魂の結晶みたいなものを、書きたいと考えていました。
     そのまま受け取っていただいたうえ、私が言えなかったことを、ぜんぶ言葉にしていただきました。何か、泣きそうです。

    善も悪も自己満足でつながっている

     後半は、とう の展開です。たくさんの登場人物のバラバラだった思惑が一気に、ひとつの悲劇へ、つながっていきます。
     そんななか、幸せを奪った相手を絶対に許せない憎悪と、無条件で他人を救いたい優しさの、人間の両面が対比的に描かれていました。

     強い憎しみも、誰かを助ける人間性も、根本はひとつだと私は考えています。すべては、自分のため。どんな い行動も、悪い感情も、自己満足から生じています。
     不幸になれ! という願いは、自分が満たされたいから。そして幸せを願うのも、同じです。みもふたもない言い方になりますが、自己満足でしか、人は行動できません。でも、何を求めるかによって、結果はまったく違います。
     自己満足でも、いいんです。その自覚をもって、覚悟ある行動を取ることが、大切なのだろうと思います。

     後半、事件に関与したある人物に対して、三ツ矢が詰め寄ります。
     あのシーンは、態度は厳しいけれど、三ツ矢の誠実な人間性が伝わります。

     さすが若木さん、よく読み取っていただきました。
     三ツ矢が言う通りなのですが、自分が気持ちよくなりたくて、人を助けても、結局は見返りを求めたりしてしまう。それって、自己満足に気づいていないってことですよね。

     わかります。ご褒美を無意識に求めているみたいな。

    たくさんの読者が新作を待っている作家

     本当に、名作です。今回もしっかり、うちの店でも売らせていただきます。

     わあ、ありがとうございます!

     前作の『あの日、君は何をした』は、すごく売れました。前作のときはゲラではなく、普通に買って読みました。それが衝撃的なほど面白くて。直後に小学館さんに電話して、もっと配本してください! と頼んだ記憶があります。
     まさき先生の本は、うちの店頭に置いたら即、売れていくような状態が続いています。特別にお世話になっている作家さんです。

     いつも推していただいて、感謝しています。
     素敵な手描きのポップや飾り付けで若木さんのおすすめの本をディスプレイしている「若木の小部屋」に、私の著書を加えていただいたりして、ほんとうに嬉しく思っています。
     お客さんとしてお伺いして、若木さんのおすすめの本を買うのもいつも楽しみです。

     『あの日、君は何をした』は文教堂北野店で2020年、いちばん売れた文庫です。2位以下に大差をつけて、まさきさんの文庫が断トツで売れました。
     しょっちゅう、お客さんから「次はいつ出るの?」と聞かれます。みなさん、新作が出るのを待っています。
     『彼女が最後に見たものは』は、間違いなく売れると思います。

     頼もしい限りです! ぜひ、よろしくお願いします。

    構成/浅野智哉

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