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2023.2.1
いざという時、この世界に逃げるアテはありますか?『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』
この記事は掲載から10か月が経過しています。記事中の発売日、イベント日程等には十分ご注意ください。
キーワード: 時事 世界 戦争 難民 紀行 思想
〝逃げる技法〟を実装するための思想書
近くて遠い隣国の心情や観念を拾い集める自転車紀行『韓国「反日街道」をゆく』が話題になった絶滅危惧作家が放つ世界難民紀行!
時代も場所も異なる人びとの〝逃げる技法〟──それは、彼らの生きる知恵であると同時に国を守る術でもあった!?
«この十年近くの間、僕は逃げる技法について考え、調べ、学んできた。生き抜くために、住まいを捨て、逃げること。逃げる対象は戦乱だったり災害だったり貧困だったりとさまざまだが、はじめにこの技法の重要性に目を向けるきっかけとなったのは、東日本大震災の経験だった。発災の二日後には、僕の住むさいたま市に福島県をはじめとする東北から大勢の避難民がやってきたのだった。
〈中略〉
この本には、時代も場所もさまざまに、逃亡者が数多く登場する。読者はその人たちを、ある時は個人として、またある時は集団として目撃することになるだろう。イエメン難民、カタルーニャからの亡命者、スペイン難民、ユダヤ人、そしてウクライナ難民。ひょっとしたら、近い将来のロシア難民の姿も描かれているかもしれない。そして彼ら彼女らと交流を持ち、また受け入れる側の共同体を訪れる僕は、いざという時には僕自身も生きのびるために、まさしく人のためならずの情けをこめて体験と施策を続けてきたつもりだ。
ロシア・ウクライナ戦争は、防衛費ないし軍事費の増額や、軍備の強化や、それに向けた憲法改正を求める人々には追い風となっただろう。いざという時には戦って国を守る、その必要性を思わせるのに、この戦争と、各国の反応は実に使い勝手のよい根拠を提供してくれた。けれども僕は、その流れには乗れなかった。乗らないですんだ。逃げる技法の威力を学んできたおかげである。≫
(本書「序章」より)
≪軍備増強や同盟関係構築の議論はされればよい。ただ、一国の軍備増強が近隣国に挑発と受けとられる可能性、また、戦ってもついには負ける可能性がある以上(最後の戦争は大負けだった)、僕の考えを非現実的などと誹(そし)らないでいただきたいものだ。≫
(本書「第四章 帰郷」より)
防衛費の増額へと世論を導くには、「このままでは戦争が起きる」「このままでは守り切れない」と国民の不安をあおるのが効果的だろう。
だが本書の著者のように「戦わずに逃げる」覚悟を固めていれば、少なくとも不安から拙速な判断になびく、という悪手は取らずに済むかもしれない。
それが著者の考えているように世界平和に資するかどうかは別として。
「逃げる技法」を追究する著者は、「忘れられた戦争」と呼ばれるイエメン内戦から逃れてきた難民に会うため韓国・済州島に再三渡り、難民たちが現地社会に受け入れられてゆく様をつぶさに見る。
また、世界史上無数に繰り返されてきた「生きるために逃げること」の象徴的な例として、スペイン・フランスを自転車で旅しカタルーニャの音楽家パウ(パブロ)・カザルスとドイツのユダヤ系作家ヴァルター・ベンヤミンの亡命行をたどる。
日本の牛久入管収容所では難民申請者の絶望を目の当たりにし、ウクライナ戦争が始まるとウクライナ語を学んで避難民と交流を持ち、観光案内に連れ出し、平和な日本をともに味わう。
こうして足かけ6年かけてつむがれた本書は、異色ルポにして紀行文学、そして「逃げる技法」を実装するための思想書である。
「ゆくゆくはみなで文字通り地球を共有し合う、アース・シェアリングが普及し、戦争と、戦争の論理を組み伏せる。
『逃亡の書』はそんな祈りと展望とともに書かれた」(著者)
著者による『逃亡の書』についてのコラムはこちら▶▶▶
https://shosetsu-maru.com/yomimono/essay/toubounosho
著/前川仁之
【著者プロフィール】
撮影 ヤナガワゴーッ
前川仁之(まえかわ・さねゆき)
1982年生まれ。県立浦和高校卒。東京大学理科Ⅰ類中退。人形劇団、施設警備など職を転々とした後、立教大学異文化コミュニケーション学部入学。在学中の2009年、スペインに留学。翌年夏、スペイン横断自転車旅行。大学卒業後、福島県郡山市で働いていた時に書いた作品が第12回開高健ノンフィクション賞の最終候補となる。以降、文筆業に専念。2015年春、韓国一周自転車旅行。本書『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』は3冊目の著書となる(非売品含む)。
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