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2019.11.15

第3回『タスキメシ 箱根』:箱根駅伝100年! 胸熱スポーツ小説決定版第2弾発売!! 全6回連載

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「監督っ!」

食堂の隣にある部屋のドアを乱暴にノックして、返事が聞こえるのと同時に開ける。倉庫だった場所を人が住めるように改造した部屋だ。そこが、駅伝部の監督である館野達也の家なのだ。食堂が目の前にあるから、よくゴキブリが出るらしい。

館野は、千早が入学した年に駅伝部のコーチから監督へと昇格した。前任の監督がかなりの高齢で、ある日突然「体力の限界!」と叫んで引退を決意したらしい。三十八歳と、監督としては比較的若い。顔がカワウソに似ていると、こっそり千早は思っている。

「なんだ、どうした朝っぱらから」

コーヒーでも飲もうとしていたんだろうか。電気ケトルを片手に館野は「眉間に凄い皺が寄ってるぞ」と千早の顔を指さした。

「なんか、変な人が寮にいるんですけど! 今日から入寮するとか言ってるんですけど!」

「ああ、眞家のことな」

愛用しているTというマークが入ったマグカップにインスタントコーヒーの粉を入れ、ケトルのお湯を注ぎながら館野は頷く。本当に、なんでもないことのように。

「え、ホントに? 本当にあの人、入寮するんですか?」

「するする。今日の午前中に引っ越しのトラックが来るんだよ。昨日は到着が夜遅かったからそこのソファで寝てもらったんだけど、一応、今日から入寮ってことになる」

部屋の中央にあるくたくたのソファを見下ろした館野に、千早は「はあ」と溜め息のような相槌を打つ。

「あの人、学部生じゃなくて、院生だって言ってたんですけど」

「四月からうちの院にある運動栄養学の研究室に入るんだよ。それを聞いて慌てて駅伝部にコーチアシスタントとして引き入れた」

「コーチアシスタントとして引き入れた……」

オウム返しした千早に、館野は愉快そうに笑った。困惑している千早のことを、だんだんと面白がってきたみたいだ。

「そう。俺一人でやるのも大変だからさあ……かといって人を雇えるような予算状況でもないし。あと、寮の食堂、今日から眞家がぜーんぶ仕切るから。部員で手分けして手伝ってやって」

コーヒーを飲みながら食堂の方を顎でしゃくった館野に、「ああ、本当なんだ」と実感する。先ほど前を走っていたあの男が、今日からここで暮らすチームメイトになるのだ。

どうしてだろう。ちょっと一緒に走っただけなのに。言葉を交わしただけなのに、あの眞家早馬という男の得体の知れなさというか、輪郭の見えない感じというか、掴み所のない雰囲気にどうにも及び腰になってしまう。

「眞家、確か二十五歳だったはずだ。お前らとたいして歳も変わらないし、仲よくやれ。にこにこしてるけど、なかなか凄い奴だから」

なんだよ、凄い奴って。抽象的な言い方に、「どういうことですか?」と問いかけようとしたときだった。

「監督、ご飯だけは炊いてあって助かりましたけど、なんですかこの割れた木べら!」

背後から突然声が飛んできて、肩を竦めて後ろに向き直る。

眞家早馬だった。先ほどとは服装が違いすぎて、双子の弟でも出てきたのかと思ってしまった。

グレーのTシャツの上に真っ白な白衣を羽織った彼は、先が割れてしまった木べらを右手に持ち、信じられないという顔をしていた。

「どう使ったらこんな割れ方するんですか。不衛生だし、使い物にならないし」

「……一週間くらい前、森本が落として割りました」

同期生の森本悠斗が食堂の調理場で「あ!」と声を上げて木べらを取り落としたのを、一緒に食事当番をしていた千早はすぐ近くで目撃した。どう落とせばこんな二又フォークみたいに割れるんだろうと、ずっと疑問だった。

「え、じゃあ一週間これ使ってたってこと?」

早馬がこちらを見る。千早が頷くと、「えええー」と後退った。

「使うたびに食材が刺さって大変だと後輩が言ってました」

「そりゃあそうだ!」

しょうがない、俺のマイ木べらを使うか。などと言いながら早馬は食堂へと戻っていく。その背中を館野の部屋のドアから盗み見ながら、千早は改めて館野を見た。

「あの、あの人は何者なんですか」

「今にわかるよ」

【連載第4回に続く】

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