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2016.3.1

どうして世界中が「SUKIYAKI」に夢中になったのか? 希望の歌の誕生秘話と、世界的大ヒットの秘密に迫る! 『上を向いて歩こう』

どうして世界中が「SUKIYAKI」に夢中になったのか? 希望の歌の誕生秘話と、世界的大ヒットの秘密に迫る! 『上を向いて歩こう』

 「SUKIYAKI」全米チャート1位――

 

 作曲は中村八大、作詞は永 六輔、マイクに向かって歌ったのは当時19歳の坂本 九。後に六・八・九トリオとも呼ばれる3人の、類いまれな才能とエネルギーから誕生した「上を向いて歩こう」。アメリカのキャピトル・レコードから「SUKIYAKI」と改題されて発売されたこの曲が、1963年5月11日付の『ビルボード』誌で全米チャートの79位に初登場すると、五週間後の6月15日に、トップの座を射止めました。この日は日本の音楽界にとって歴史的な記念日といってもいいでしょう。それから、3週間、「SUKIYAKI」は首位の座をキープし、この年のミリオン・セラーとなり、ついには全米レコード協会(RIAA)からゴールド・ディスク賞を受賞します。さらには、全米での反響はヨーロッパにも波及し、イギリス、ドイツ、スウェーデン、オランダ・・・当時レコード会社というものが存在していたほとんどの国々で「SUKIYAKI」は発売されました。

 

 ところが、快進撃のはじまりとなったアメリカでの「SUKIYAKI」の大ヒットには、謎が多いといいます。通説によると、1963年の春まだ浅い頃、西海岸のローカル・ラジオ局のDJが、異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手もとにあった日本の曲をオンエアしたところ、リスナーからリクエストが殺到したために火がついたとか・・・。はたして、その話はどこまで本当なのでしょうか。仮にそんないきさつがあったとして、4大メジャーのレコード会社だったキャピトルはいかなる理由で、海のものとも山のものともつかない日本の歌をシングル盤として発売したのでしょうか。というのも、同じ時期にキャピトルは、親会社であるイギリスのEMIが要請してきた新人グループ、ビートルズのシングル発売を断っていたのです。

 

 なぜ、いかなる判断基準でキャピトルはビートルズを断り、坂本 九を選んだのか?

 どうしてアメリカのティーンエイジャーは、言葉の通じない「SUKIYAKI」に夢中になったのか?

 永 六輔が驚愕したあの歌唱法、「アハルコフホフホフホフ♪」は、いったい誰が、どのようにして考えついたのか?

 そもそも中村八大は自らのリサイタルに、歌手としての評価が定まっていなかった坂本 九を抜擢したのだろうか?

 

 音楽プロデューサーで作家である著者が、膨大な資料と綿密な取材から得た確かな証言をもとに、この曲の誕生秘話と、世界的大ヒットの秘密について迫ります!!

 

小学館文庫

『上を向いて歩こう

奇跡の歌をめぐるノンフィクション』

著/佐藤 剛

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