新たな「日本文化の礎」の
始動によせて

未来の
日本語を
作りつづける
足場

アーサー・ビナード 近影

アーサー・
ビナード詩人・翻訳家

これからも日本語が千代に八千代につづくことを、ぼくは大前提に日々、詩を綴る。ただ、つづく保証はどこにもない。『日本国語大辞典』に分け入ると、この列島の言葉を産み出し、育ててきた力強い書き手たちと、ぼくはつながる。しかも、自分が使いたい単語を通して、先人の輝かしい表現をピンポイントでつかみとれる。用例がどんどん過去へと遡り、新語が増すことによって、ぼくの足場は一層豊かになる。未来の日本語を作りつづける足場だ。

言語発達
分析の
ヒント

今井むつみ 近影

今井むつみ言語心理学者・
慶應義塾大学教授

さまざまな実験手法により乳幼児の言語発達や多言語比較の研究をしている私にとって、『日本国語大辞典』は一筋の光をくれる。「ことばの意味」とはなにか、「心の中の辞書」がどういうもので、ヒトはどのようにことばの意味を脳で記憶するか。そしてどう習得していくか。時代ごとの用例で、意味の移り変わりや増えていく意味を明らかにしている『日本国語大辞典』に、言語発達のヒントもある。第三版がどう進化するか楽しみだ。

日本語
創作者の砦
であり、庇護者
でもある

島田雅彦 近影

島田雅彦作家・
法政大学教授

私の作家修行は中学時代の「辞書読み」から始まっている。国語辞典は日本語創作者の砦であり、庇護者でもある。誤用や勘違いは手痛いしっぺ返しを食らうので、辞典に相談し、万全の裏取りに努める。また創作家は新語や造語や別の意味をひねり出したりもするので、時に用例の提供者にもなり得る。新語を及び腰で使いながら、死語に郷愁をそそられる者には、古い用例や新語の充実が図られる第三版は必読の書となる。完成が待ち遠しい。

言の葉の
芽生えや
成長過程を
示す

俵万智 近影

俵万智歌人

とかく言葉の問題というと、正しいか正しくないかという視点で語られがちだ。けれど言葉は、時代や場所によって変化する。ジャッジしたりマウントとったりするのではなく、楽しく豊かにつかいたい。ジャングルのような言葉の森の案内人としての辞書は、心強い相棒だ。『日本国語大辞典』は、言の葉の意味や用い方だけでなく、その種子の芽生えや成長過程、すなわち最も古い用例や意味の変遷を示してくれるところが素晴らしい。言葉について語り合うなら、そこを踏まえたい。デジタルの強みも加わると聞き、今から楽しみにしている。

短歌や
俳句など
韻文の用例も
豊富

穂村弘 近影

穂村弘歌人

『日本国語大辞典』は短歌や俳句など韻文の用例も豊富なのが嬉しいです。
例えば、

うない‐あそび[うなゐ‥] 【髫髪遊】〔名〕子供の遊び。
*竹の里歌〔一九〇四〕〈正岡子規〉明治三三年「たらちねのうなゐ遊びの古雛の紅あせて人老いにけり」

 一つの言葉が標本的にではなく、詩歌の中で生きたまま保存されているところに惹かれます。作品の形で読むことによって、言葉の命を感じることができるように思います。

「美術」は
いつから
「美術」
なのか

山下裕二 近影

山下裕二美術史家・
明治学院大学教授

『日本国語大辞典』で、「美術」という項目を引いてみる。すると、もっとも古い明治五年(一八七二)の用例が示されている。そう、江戸時代以前には「美術」という言葉はなかった。明治になってから翻訳語として用いられるようになったことを知る。「日本画」もまたしかり。「洋画」が流入して以降、その対概念として「日本画」という言葉が一般化したのである。『日本国語大辞典』は、そういう言葉の起源を教えてくれる。私は大学の卒論ゼミの学生に、まずはこの辞典を引くように、と長年指導してきた。第三版を期待している。