編集委員より
国語の転換点
を見据えた
新時代の
大辞典へ

金水敏
国語は古代から現代にいたる連続と蓄積の上になりたっているが、いくつかの転換点で大きく相を変えてきたことも事実である。平安時代の仮名文芸の誕生、中世の和漢混淆文化の進展、江戸時代の儒学と町人文化の興隆、明治時代の言文一致の発展等、時代の大きな転換が国語語彙の中にたたみ込まれている。そして今、ITやAIが大きく展開し、人びとがさまざまな多様性に心を開いていくこの時代は、まさにポスト近代の新たな国語の転換点と捉えられるだろう。『日本国語大辞典』が大きな改訂を迎える意味もそこにあると考えるのである。
金水敏(きんすい・さとし)│1956年大阪府生。大阪大学大学院名誉教授、放送大学特任教授。日本学士院会員。博士(文学)。日本語文法学会会長、日本語学会会長を務める。専門は日本語史、役割語研究。『日本国語大辞典 第二版』の改訂にも関わる。
日本語の
未来を
切り拓く
辞典

近藤泰弘
日本語の辞書の伝統は古い。平安時代の『倭名類聚抄』から江戸時代の節用集に至るまで、連綿と編纂されてきた。その中で『日本国語大辞典』は、最も信頼できる日本語の基本台帳であり、言葉を扱うすべての人の共通の財産として認められている。第三版では、日本語内部の多様性に、より光を当てることが期待される。さらには、辞書編集への自然言語処理技術の応用や、人工知能やモバイル機器との連携も必要とされている。第三版は日本語の未来を切り拓くものとなるだろう。編纂に携わる者として、可能性に胸を躍らせずにはいられない。
近藤泰弘(こんどう・やすひろ)│1955年岐阜県生。青山学院大学名誉教授。博士(文学)。日本語学会会長を務める。専門は日本語文法理論、文法史、コーパス言語学、自然言語処理。『日本国語大辞典 第二版』の改訂にも関わる。
長い
歴史の中の
移ろい来たった
日本語の姿を
捉える

田中牧郎
文献資料で千数百年間の変化がたどれる日本語の歴史は、他言語の歴史に比べても興味深い特徴を持っています。これは、中国語や西洋語から多大な影響を受け続けてきたことや、文字・表記が多様であることなどによるものです。また、現代社会の変化の激しさは、日本語の変化の速度を増しているように思われます。長い歴史の中の、千年単位また百年単位のどの期間に照準を合わせても、移ろい来たった日本語の姿を捉えることができる、『日本国語大辞典 第三版』を目指します。
田中牧郎(たなか・まきろう)│1962年島根県生。明治大学教授。博士(学術)。専門は語彙論、日本語史。国立国語研究所在職中に、日本語コーパスの構築や、外来語や専門用語の言い換えのプロジェクトに従事した。現在は、コーパスを用いた日本語史の研究や、言語問題や国語教育に応用するための語彙研究を行っている。
方言を含む
多様な
日本語の
総体

日高水穂
方言を含む多様な日本語の総体を「国語」として描き出す。これは、『日本国語大辞典』の大きな特徴であろう。方言が多様であることは、日本語が地域ごとに複線的な変遷を遂げてきたことの証であり、古語・現代語・方言をつなぐこの辞典の記述は、ことばの来歴を時間的・空間的に位置づけるものとなっている。方言の多様性が失われつつある現在、その記録は喫緊の課題となっているが、『日本国語大辞典』が、「今」「私」が「ここ」にいることの座標軸を与えてくれる辞典であり続けるように、第三版の編集に心して取り組みたい。
日高水穂(ひだか・みずほ)│1968年山口県生。関西大学教授。博士(文学)。日本語学会理事。専門は現代日本語研究、方言学、社会言語学。方言文法研究会を組織し、日本語族諸方言の文法の全体像を把握するための共同研究プロジェクトに取り組む。
日本語と
ともに生きる
全ての
人々に

前田直子
日本人の中で『日本国語大辞典』(通称ニッコク)の存在を知る人の割合は、果たしてどのくらいだろうか。日本語学や日本文学を学ぶ大学生ならば当然知っているだろうが、それ以外を専門とする大学生は? 高校生、中学生はどうだろうか? また今や日本語は、日本人だけのものではない。世界中に、日本語を学び、日本の様々なコンテンツを楽しむ人々がいる。日本語に触れ、日本語を使い、楽しみ、学び、日本語とともに生きる全ての人々に対し、大きな責任を持つ『日本国語大辞典 第三版』を、多くの方々とともに作り上げていきたい。
前田直子(まえだ・なおこ)│1964年静岡県生。学習院大学教授。博士(文学)。日本語文法学会会長、日本語学会理事。専門は現代日本語の文法研究、および日本語教育のための文法研究。
いにしえから
現代に至る
までの日本語の
確かな台帳

山本真吾
第二版が刊行されたとき、語誌部会のメンバーの方々と「もし第三版が編纂されることになったら」と夢を語り合ったことがつい昨日のことのように思い出される。あれから四半世紀が過ぎ、今まさにそれが現実のものとなる。第二版の刊行当時にはまだなかった編纂技術、新たな研究手法に基づく知見の数々、そして、当時は知られていなかったり、使用できなかったりした多くの文献資料。第三版ではこのような新技術、新知見、新資料を総動員し、いにしえから現代に至るまでの日本語のより確かな台帳作りを目指し、次世代へと継承したい。
山本真吾(やまもと・しんご)│1961年大阪府生。東京女子大学教授。博士(文学)。日本漢字学会会長、日本語学会理事。専門は日本語史。特に漢語漢文を軸とした日本語語彙史・文体史。『日本国語大辞典 第二版』の改訂にも関わる。