

夜行とは人ではないし、ましてや物でもない。強いて言うなら不可思議な現象を指す言葉だ。私が『夜行』を読んでいて思ったことは、これが森見世界のからくりだ、ということだった。
夜行とは『四畳半神話大系』で「私」が数ヶ月間さまよった四畳半であるし、『有頂天家族』の矢三郎たちが住まう場所でもある。『宵山万華鏡』で姉妹が迷い込んだ場所も夜行であるし、『ペンギン・ハイウェイ』でのお姉さんと球そのものが夜行なのである。人は自分の力の及ばぬ現象に名をつけて正体を暴きたがるが、本来それらはつかみどころのない漠然とした存在で、この夜行は、その[言い様のないなにか]を言語化した体験記であると私は読み取った。
その一方でこの作品は今までの森見作品の意中の彼女となんやかんやで上手くいった! という登場人物のご都合主義を真っ向から否定し、とことん上手くいかなかった最悪のパターンを見せつけている。
つまりこの作品は岸田という中心人物が生み出した理想の妄想上の彼女と、その妄想現象に巻き込まれ、あわや向こう側につれていかれそうになった(連れていかれた)脇役視点の話とも受け取れ、大変面白く、多角的に構成されている。
『夜行』以外の作品にも触れつつ、「森見世界のからくり」について書いていただきました。『ペンギン・ハイウェイ』における「お姉さん・球」=『夜行』というご指摘は納得です。「ご都合主義の否定」というのも面白いですね。岸田氏=暗黒面に墜ちた登美彦氏、という感じなのでしょうか。