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2016.3.23
医者であり僧侶の著書が語る、人を最期に救うのは、医学か? 宗教か? 『いのちの苦しみは消える』
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「2014年10月に私自身の体にもステージ4bのすい臓がんが発見されました。
余命わずかであることを自覚しています。
生きられるのはあと何か月かといったところでしょう。今年3月の誕生日を迎えられる確率も少ない。
私は栃木県益子町にある西明寺という寺に生まれ、先代の父親の勧めで医大に進学して医師になりました。父親が亡くなったあと、大正大学に進学して仏教を7年間学びながら、寺を継ぎました。
寺の住職を務めながら、境内に入院病床を備えた普門院診療所や介護施設を建設し、医師と住職の二足のわらじで働いています。
面白いもので、私が余命わずかと知られたら急に注目を浴びて、こうして本を出せるようにもなった(笑い)」
いままで数々の末期がん患者を看取ってきた、内科医であり、僧侶でもある田中雅博氏は、自身も末期がんになり、余命数か月と自覚しています。その彼が「いのちの苦しみ」との向き合い方を説く本書は、長年ひとの死を間近で見てきたこと、そしていま「自分の番」が来たことについての実感が深く込められているため、とても重く響いてきます。
「40年ほど前の話になりますが、私は医大を卒業したあと、東京にある国立がんセンター(現・国立がん研究センター)に研究所室長・病院内科医として勤めました。
内科医である私が担当した患者さんは、ほぼ全員が進行がん。
そんな患者さんから『私は治りますか?』と質問されたら、どう答えればいいのでしょう? 多くの患者さんから、『私は死ぬのですか?』とも聞かれました。
現代の医学ではどうにもならないことがあります。『いのちの苦』から人を救うことは医者にはできない、科学ではできないのです」
医学の限界を知った彼は、宗教こそが人が死と向きあったときに救いになると語ります。宗教というのは仏教やキリスト教だけでなく、自分のいのちより大切なものを見つけたとき、それがその人自身の宗教になるのです。
「いのみがなくなることに対する苦しみと直面する、その『いのちの苦』から救われるには、『自分への執着』を捨て、どんな人生であったとしても、そこに価値があったと考えて『自分の人生の物語』を完結させるしかない」
と、田中氏は言います。
人は「いつか死ぬ」と誰もが知っていますが、急に「あとわずかないのち」であることを知ると、「死にたくない」「死ぬのが怖い」という気持ちがわき起こってきます。
本書は人間であれば誰しも逃れることのできない生と死の見つめ方の本質を教えてくれる一冊です。
「死について医師が説いた本はこれまでに数多あります。死について宗教者が説いた本もこれまでに数多あります。しかし、医師として、僧侶として、死を間近に見てきた者が、自らの死を前にして『いのちの苦しみ』について語り、医学や宗教のあり方を訴える。そのような本は、おそらくこれまでになかったことでしょう。田中氏は自分の考えを残そうと、体調が悪化するなか、この本作りに尽力してくださいました」(担当編集)
著/田中雅博
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