STORY
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森雪之丞

「朝日は夕陽にして返す
涙は夢見薬(ゆめみぐすり)に調合して枕元に置いておく」
怪盗の言葉は揺るぎない
義賊としての威厳に満ちている

「盗まれたいものは他にないか?」
怪盗は訊ねる
去年と同じ口調で

「あのぅ…」
「ドーナツの穴は盗めない」
「いえ 恋人の記憶なんですが…」


そう 彼女は堤防にいた
波に生まれた光の蝶が
麦わら帽子と戯れていた夏の午後

彼女にはわかっていた
恋という美しい誤解が剝がれた後も
愛を演じあわなければならない
幸せの醜さを

そして彼女は

「あぁ 愛を知ることに臆病な男よ
おまえは忘れているだろうが
それは毎年 私に盗ませている記憶だ」
そう言いながら
怪盗セプテンバーはマントを空に翻し
忽然と消え去る
海辺に 私と気怠い9月を残して

目をこすり目を開ける
この何か新しい恋が始まりそうな予感は
錯覚なのだろうか








森雪之丞

心は盗めないから せめてもと
この詩に目を通している
あなたの束の間を 盗んでいるのです

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