STORY
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森雪之丞

透明な魚達が跳ねて
刺繡のように波を海に縫い付けると
男は孤独でしかない

風はある時大切な言葉を話すが
その時に限って人は耳をふさぎ
禍々しい世界に向けて
悲鳴をあげている

その開けた口から太陽はなだれ込み
形のない心にも影を作る
光が強いほど影は濃く不気味で
こんな怪物のようなものを抱いて
これからも生きていくのかと思うと
男はまたひどく憂鬱だ

幾億ものプランクトンの死骸が
哀しみを知らず西日にきらめく堤防
最後の煙草を挟んだ指にふうっと
沖合の船が透けて見える
ここにいることを報せておかないと
本当にこのまま消えてしまいそうで
スマホで誰かの名を探すが
それが誰なのかは
もう忘れている

透明な魚達が跳ねる
十月の
たぶんどこにもない海辺の村で








森雪之丞

ベイビー 何が欲しいの?
未来は抵当に入ってる
でも今宵の晩餐はいかが?
シェフおすすめ秋のメニューは
完熟した孤独のフィットチーネ
透明な魚のムニエル
新鮮な情熱のサラダ
濃厚な秘密のジェーラート

ミダレ蟹のガーリック・ソテーは
手を汚して食べるんだ
指を何度もしゃぶって
舌が卑猥な生き物に変わる頃
夢は始まっている ほんとうだよ

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