STORY
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江國香織

あかるく晴れた
風の強い午後の道を
ひたすらうしろ向きに
歩いている幼女がいて
その力強さと
こうごうしさに
すこしのあいだ
私はみとれた
なぜうしろ向きに歩くのか
どこまでそのように歩くのか
問うてはいけない
もちろんいけない
風はつめたく
人も車もせわしなく往き交い
でも
断固うしろ向きに歩くのだ
という意志が
日ざしのように
彼女からあふれているのだった








江國香織

よく知らない男の人と
寝るときには緊張します
と言えば放埒なようですが
最初のときには
誰だってよくは知らない男の人です
すこしずつなじみ
いとしんだりいとしまれたり
あふれたりあふれさせたり
して
やがて
よく知っている男の人と
安心して寝られるようになります
けれど
でも
よく知っている男の人との
あれこれはみんな
おぼろであいまいな
一つの記憶にすぎなくなり
記憶のなかでしたたかに微笑み
私を誘ない
焦がれさせるのは
もうどこにもいない
よく知らない男の人
だったりします

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