STORY
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江國香織

たとえそのすこし前に
替えたばかりだとしても
私の場合
七月一日にはかならず
歯ブラシを新しいものに
替えたくなります
どういうわけか
七月一日には
かならず








江國香織

今年最初のガスパチョの
最初の一掬いを
口に入れたあなたは
世にも官能的なためいきをこぼし
よそのテーブルの客まで幸福にする

その部屋は船になり たまたま居合わせた数人の客と味のいい店なの
に 経営は順調とはいえないらしいたくさんの酒壜を積んで 夜の海
を進んでいる黒々とした波を切りさき ちゃぷりこぷりと音を立てて 空
にはぽっかり満月が浮かび いつのまにか子供や年寄りや 猫までが乗っ
ている 風がでてきましたねと船長が言い 私はデッキであなたの腕につ
かまる 小さな船かと思いきや それは存外豪華な船で ちゃんと立派な
船室があり 何日も何日も泊れる ので 私たちはどこまでも進む あち
こちに寄港し よその国のよその街を歩く そしてまた乗るのだ 家に帰
るみたいに この船に

そういうことのすべてが
今年最初のガスパチョの
最初の一掬いを口に入れたあなたの
世にも官能的なためいきをこぼす
その刹那に

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