STORY
STORY

江國香織

八月の男は
唇の上の皮膚にうっすらと汗をうかべて
プロ野球の結果を携帯電話で調べる

まるで泳いででもいるみたいに
シーツを蹴る男の足は私に無関心で
八月の男は
からだじゅうが夏休みのかたちになる

夜道で寄り添えば
男のからだにはりついた薄い衣服ごしに
ただごとではない熱がつたわり
まるで犬か子供だと思うそれは熱で
けれど私がうけとめようとするそばから
ひやりとした夜気に
私にはうけとめきれないあっけなさでそれは
いわば無駄に発散されてしまう惜しげもなく
八月の男の声は眠たげで
愛の言葉も真剣味に欠けるのだが
真剣味に欠けていることにも気づかないほど
自信に満ちている八月の男は
むやみにむぼうびにちからづよい








江國香織

うちのお風呂場には
カメのおもちゃと
アヒルのおもちゃがあります
うちに子供はいないのですが

カメのおもちゃにとくべつな名前はなく
でもアヒルのおもちゃの名前は
カランコロンちゃんたちといいます
ぶつかると
カランコロンといい音がするので
そういう名前をつけました
ぜんぶで六羽の
カランコロンちゃんたち

カメもアヒルも
夫が買ってきました
私はときどきそれらを
湯船に浮かべて眺めますが
夫がお風呂に入るとき
どうしているかは
わかりません

書誌情報
書誌情報
本書を購入する
本書を試し読みする

このページのトップへ