日本美術全集

全20巻

日本の心が紡いできた比類なき「美」。「日本美術全集 全20巻」。今、日本に存在する「最高の美」のすべてがここに。

第5回配本 東大寺・正倉院と興福寺(奈良時代Ⅱ)

 
責任編集/浅井和春(青山学院大学教授)
著/杉本一樹、川瀬由照、朴 亨國
定価本体15,000円+税
ISBN9784096011034
判型・仕組B4判/288 頁
カラー図版口絵144ページ・カラー図版両観音16ページ
モノクロ解説ページ128ページ/上製・函入り/各巻月報付き

もくじ

  • はじめに 浅井和春(青山学院大学教授)
  • 奈良時代の仏像――歴史や教学との関連をめぐって 浅井和春(青山学院大学教授)
  • 東大寺大仏建立における華厳思想と造形理念 朴 亨國(武蔵野美術大学教授)
  • 唐招提寺の仏像――乾漆仏と木彫仏の交流と展開 川瀬由照(文化庁文化財部美術学芸課文化財調査官)
  • 正倉院の宝物――杉本一樹(宮内庁正倉院事務所長)
  • コラム/法華堂根本曼陀羅の製作をめぐって 谷口耕生(奈良国立博物館学芸部保存修理指導室長)
  • コラム/奈良時代の建築 箱崎和久(奈良文化財研究所都城発掘調査部遺構研究室長)
  • コラム/繍線鞋――履物と生活空間 田中陽子(宮内庁正倉院事務所保存課整理室主任研究官)

概要

東大寺・不空羂索観音菩薩立像、興福寺・八部衆立像 阿修羅、唐招提寺・鑑真和上坐像など、天平仏の粋を網羅。近年行なわれた修復の成果の数々を収載。また、正倉院に伝わる宝物のなかから名品中の名品を厳選して紹介

注目点

1. 東大寺法華堂および堂内諸仏
約3年間にわたる本格的な修復を終え、2013年5月23日に公開された、法華堂と堂内の諸仏の新規画像を掲載。

  • 法華堂内写真は、一般公開前のほとんど荘厳のされていない、現実には二度と見られない貴重な画像を掲載。日本を代表する写真家で、文化財の撮影でも名高い三好和義氏による未公開新規撮影写真。
  • 本尊である不空羂索観音菩薩立像は、上記三好氏による新規撮影の全身像と、美術院による宝冠を外した貴重な半身像を掲載。
  • 四天王立像は、美術院による、修復直後の持物を外したオリジナルの姿を各像とも単体写真で掲載。
  • 梵天立像・帝釈天立像、金剛力士立像も美術院による、修復直後の単体写真で掲載

2. 唐招提寺金堂
2000〜2009年に行われた大規模な修復後の画像を掲載

3. 東大寺および盧舎那仏坐像(大仏)に関する斬新な論考
最新の研究成果に基づき、華厳経をはじめとする奈良仏教との結び付き、および中国大陸・朝鮮半島との影響関係を踏まえ、さらに近年の年輪年代測定法による考古学的知見まで踏まえた斬新な論考。

4. 用途別に見る正倉院宝物の数々
正倉院宝物のカラー図版を、単に貴重な美術品としてではなく、聖武天皇遺愛の品々を中心に、当時の人々によって実際に使用された用途別に分類して掲載。聖武天皇と光明皇后の思いが紙面から伝わる構成となっています。

(編集担当・高橋 建)

技法の違いを印刷する方法

 本巻に掲載されている仏像は、銅造や木造といった一般的な技法だけではなく、塑造や天平時代に典型的な脱活乾漆造といったような、他の時代に比べて多様な技法によってつくられていることを特色としています。そのため、画集としてもっとも留意したのは、それらの技法の差を視覚的にどのように読者に伝えるかという点でした。
 実際の仏像を見る場合、技法の違いは、おもに質感の違いとして目に知覚されます。硬質で凛とした銅像の質感、それと対照的な柔らかく細やかな木像のぬくもり、のびやかできめ細かな塑像、さらに繊細でかつ生き生きとダイナミックな乾漆像。ところがその質感の違いを印刷物で表す方法としては、明暗の階調の違いを用いるしかありません。つまり、おおまかに言って、4種類の技法の差を出すためには、基本となる4種類の異なった階調をまずつくりださなければならないわけです。
 とりわけ難しいのが、解剖学的な正確さともいえる写実性と、仏像としての理想の形を併せ持つ乾漆像の再現でした。しかも、最初に述べたように乾漆像は天平仏の典型であり、その特徴を図版としていかに再現できるかが、本巻の一番の見所となってきます。とりわけ、深い精神性が表された諸仏の顔貌をいかに再現するかが、重要なポイントです。

魂の表情を求めて

 これまでの画集では、堂内が暗いこともあって、撮影の際に強い照明をあてた画像をそのまま用いるのが一般的でした。その結果、明暗のコントラストの強い図版が掲載されることになります。それらの図版は一見、ドラマチックに見え、いかにも力強い精神性を感じさせるように見えます。しかし、たいていの場合、何度も見ていると、実はニュアンスを欠いた劇画のような単調さでしかないことが次第にわかってきます。しかもどの仏像の表情も皆、均一になってしまい、各々がもつ繊細で豊かな表情の違いが、ほとんど再現されていないことに気づかされます。
 写実性の強い天平仏の場合、深い精神性をもった繊細で豊かな顔貌表現を再現するためのポイントとなるのは、「目元」「口元」そして「頬」の表情です。コントラストの強い画像では、どれも失われてしまっているものです。とりわけ「頬」は、暗い陰の中に沈み込んでしまい、ニュアンスのない平板でのっぺりとしたものになりがちです。暗い陰の中に失われてしまいがちな微妙な階調を見出し、再現しなければなりません。もちろん、ただ暗部を明るくしただけでは、単なる「もの」の画像になってしまい、魂のこもった仏像の画像にはなりません。矛盾するようですが、魂がこもるために必要な闇というものもあることを、忘れてはならないのです。

レオナルド・ダ・ヴィンチの教え

 本巻の色校正の際によい手本となったのが、2012年に日本でも初公開され話題となった、イタリア・ルネサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519)の名作《ほつれ髪の女》(1506〜08年)です。天平仏とレオナルド・ダ・ヴィンチ、一見、奇異な取り合わせに思えるかもしれませんが、両者には深い繫がりがあるのです。
 そもそもルネサンスとは、古代ギリシャの思想・文化の「再生」を目指すものです。美術においてそれはもっぱら、大理石を素材とする古代ギリシャ彫刻を基盤とし理想とした造形活動を意味します。大理石は、繊細な表現と生き生きとしたダイナミックな造形が可能な非常に加工しやすい素材です。その素材を用いて古代ギリシャ人は、美の究極の姿を人の形によって表そうとしました。そして古代ギリシャ人にとって美とは、「イデア(真の実在)」の似姿として、現実的(写実的)であると同時に理想的なものでなければなりませんでした。特に顔貌表現においては、解剖学的な正確さをもつと同時に、理想の形態(あるべき形)と彼らが考えた特性をもつことが求められました。解剖学に造詣の深いレオナルド・ダ・ヴィンチの描く顔、とくに女性の顔が、極めて写実的であると同時に、深い精神性と天上的な特性を備えているのは、まさに「美」についての古代ギリシャ人の思想に基づいて描かれているからなのです。
 一方、仏教においてそもそも彫像がつくられるようになったのは、アレキサンダー大王(在位前336〜前323)の東征によって、インド周辺まで古代ギリシャ彫刻の技法と理念が伝えられたことに基づきます。その結果、いわゆるガンダーラ仏と呼ばれる、古代ギリシャ彫刻の様式に基づく石の仏像が生み出されました。それがさらにシルクロードを経て日本に伝わってきたのです。つまり、古代ギリシャ彫刻を理想としたルネサンスのレオナルド・ダ・ヴィンチの作品と、古代ギリシャ彫刻に基づいて生み出された仏像とは、そのルーツと造形理念を同じくするものなのです。
 確かに「美」と「仏の教え」とは異なります。しかし、天平時代に支配的だった華厳経において表される華厳世界、すわわち仏の世界とは、まさに「この世ならぬ荘厳で美しい世界」なのです。この意味で、天平時代における仏像は、華厳世界の反映・似姿として、美の化身でもあるといえるでしょう。

闇を宿す工夫

 とはいえ、日本では大理石が潤沢には産出されず、大理石製の仏像というものはありません。また木彫像や銅像では、素材的・技術的に本来の繊細で生き生きとダイナミックな表現を実現することは不可能でした。それが可能となったのは、天平時代において、脱活乾漆造という極めて高度な技術が確立されたからなのでした。
 その結果、天平の仏師たちは、ヨーロッパ美術史上最大の天才とさえ言われるレオナルド・ダ・ヴィンチの名作に、完成度の高さにおいて勝るとも劣らない、すぐれた仏像を数多くつくりだすことができたのです。
 だからこそ、東大寺法華堂の不空羂索観音菩薩立像のような静的でとりわけ深い精神性を宿した顔貌を再現する際には、《ほつれ髪の女》が、とても参考になるのです。あるいはまた、同じく法華堂の四天王立像のような動的でダイナミックな顔貌を再現する際には、やはりレオナルド・ダ・ヴィンチによる《老戦士の習作》(1503〜05年)のような表情筋を際立たせた作品が役に立ちました。
 余談になりますが、こうして再現された微妙な階調がよりよく読者に伝わるように、本巻のカラー図版ページでは、仏像の画像はすべて裁ち落としにするか、あるいは暗めのグレーの枠で囲ってあります。これは、印刷に用いた紙の地色である白が明るすぎて、鑑賞の妨げになるのを防ぐためです。先に述べましたように、魂が宿るのに必要な闇というものがあり、その闇を再現するためのささやかな工夫です。
 さらに、鍍金と漆箔の違い、修復された彩色の表現、一体の像における補修部分とオリジナル部分の差の再現など、さまざまな工夫がこらされています。それらの成果をお楽しみいただければ幸いです。

(編集担当・高橋建)