日本美術全集

全20巻

日本の心が紡いできた比類なき「美」。「日本美術全集 全20巻」。今、日本に存在する「最高の美」のすべてがここに。

第4回配本 黄金とわび(桃山時代)

 
責任編集/荒川正明(学習院大学文学部教授)
定価本体15,000円+税
ISBN9784096011102
判型・仕組B4判/304 頁
カラー図版口絵144ページ・カラー図版両観音16ページ
モノクロ解説ページ144ページ/上製・函入り/各巻月報付き

もくじ

  • はじめに 荒川正明(学習院大学文学部教授)
  • 桃山美術論――境界に生きる人々、変貌するかたち 荒川正明(学習院大学文学部教授)
  • 桃山画壇の展開 山本英男(京都国立博物館学芸部美術室長)
  • 利休の茶の湯――つねのごとく 千 宗屋(茶道武者小路千家家元後嗣)
  • 世界史のなかの桃山漆器 日高 薫(国立歴史民俗博物館教授)
  • コラム/日欧交流の精華――『泰西王侯騎馬図』と『洋人奏楽図』をめぐって 岡 泰正(神戸市立博物館展示企画担当部長・学芸員)
  • コラム/桃山染織史の基層 丸山伸彦(武蔵大学教授)
  • コラム/建築の装飾革命――信長・秀吉・家康 藤井恵介(東京大学大学院教授)

概要

16世紀後半の戦国末期から17世紀初頭、江戸時代の始まりまでの、半世紀にも満たない時代に華開いた桃山美術。それまでの平安や室町時代とは趣を全く異にした美術を現出させたのは、織田信長と豊臣秀吉のふたり。豪壮な城郭を彩った金碧の障屏画に絵画の到達点をみる一方、わびた茶室や茶碗に洗練の極みと造型の妙を見いだします。また城郭、絵画、やきもの、茶道具・茶室に加えて、染織、刀剣から漆芸、南蛮美術、変わり兜まで収載。国宝の茶室「待庵」にて茶道具を取り合わせての新規撮影は8ページにわたって展開しています。

注目点

1. 待庵にて、茶人の設(しつら)えによる特別撮影を敢行
国宝の茶室「待庵」を新規撮影。単に建造物として撮影するのみならず、武者小路千家官休庵の千 宗屋氏が、利休と秀吉がここで対峙したであろう場面に思いを馳せ、茶道具を設えて、「生きた」待庵を展開。8ページにわたって掲載されています。

2. 国宝「松林図屏風」を4ページで掲載
直木賞を受賞した文学作品『等伯』で活写された、日本絵画史上、最高傑作のひとつと称される『松林図屏風』。長谷川等伯の到達点であり、近年非常に人気が高まっているこの作品を、観音開きによる4ページで掲載。

3. 狩野永徳VS長谷川等伯
その等伯とライバル関係にあり、信長と秀吉に加えて家康という三大に亘る権力者の御用絵師となり、日本最大の絵師集団を構築した狩野永徳。この二人の画業、凄み、違いがわかる構成で数多くの作品を掲載。

4. 作品を超えて描かれた文様
いままでの美術全集にはない、絵画作品とやきものを、描かれた文様の観点から同じページに収載。例えば、長谷川等伯の『柳橋水車図屏風』と、やきものの『志野茶碗銘 橋姫』や『志野織部蛇籠文向付』が同じページにあるのは、それぞれに「橋」や「水車」「蛇籠」などの文様が描かれているため。論考と作品解説では、その意味なども詳述しています。

5. 多彩な新規撮影
重要文化財の脇差『銘 康継』を熱田神宮にて。また、南蛮美術として近年知られるようになった十字架の作品としては唯一である『草花蒔絵螺鈿十字架』をスペインの修道院にて撮りおろして掲載するなどしています。

6. 狭間の時代の特異な美術を穿つ画期的な論考と、茶人による緊張感に満ちた茶の湯の発展・展開の研究
室町から戦国時代、そして安定期といえる江戸時代の狭間に咲き誇った桃山美術。陶磁器研究の第一人者である荒川正明学習院大学教授が、この時代の美術の特異性を「一夜かぎりの祭礼(カーニバル)」と捉え、斬新な視点から変貌する社会と人のありようをスリリングに展開しています。
一方、官休庵の次期家元、千 宗屋氏は、茶人の眼と経験を縦横に織り込みながら、千利休の51回を数える茶会を綿密に資料を読み解き、利休が目指した茶の湯に新たな視点を加えています。
そのほかにも、桃山絵画の到達を永徳、等伯、海北友松、雲谷等顔、曾我直庵の5人で読む「桃山画壇の展開」や日本が初めて本格的に西欧文化、美術と向き合って華開いた南蛮美術の全体像を書いた「世界史のなかの桃山漆器」などの論考を掲載。

(編集担当・河内真人)

茶室・待庵 この巻の見所のひとつは、カラー観音6ページで紹介した国宝の茶室・待庵です。
 今回は、茶の湯の造型を、美術史の観点と茶の湯の観点から考え、構成するという内容になっており、美術全集としては、恐らくはじめて、茶の湯の実践者にして研究者が全面的に参画しているのも魅力のひとつです。
 それに伴って、国宝の茶室「待庵」を新規撮影しました。単に建造物として撮影するのみならず、武者小路千家の千宗屋氏が、利休と秀吉がここで対峙したであろう場面に思いを馳せ、茶道具を設えて、「生きた」国宝の茶室が展開されるのは、これも初めての試みではないでしょうか。
 この撮影、昨年11月のさる日曜日に行われたのですが、そこに、千氏はもちろん、本巻の監修者(責任編集者)であり、やきものの研究者の荒川正明先生(学習院大学)、建築の藤井恵介先生(東京大学)、絵画の山本英男先生(京都国立博物館)、漆芸の日高薫先生(国立民俗博物館)が集結して、進行しました。
 カメラは、わざわざパリから小野祐次さんに来てもらい、いまだかつてない待庵を見せようという意気込みでした。
 しかし生憎この日は嵐のような天気で、昼間から暗い1日でした。なんとか明るさを維持すべくライトに工夫を凝らしますが、あまりライトに頼ると本来の質感が損なわれる可能性があります。それに加えて茶室の内部は二畳台目というくらい狭く、茶室の外も、躙り口を写せる南側は人が一人たつのがやっとの空間で、いわゆる「引き」のある写真は撮れません。降りしきる雨、夕方が迫り、ますます暗くなるなか、カメラ位置、ライトの位置に試行錯誤を繰り返し、なんとか撮影したのが、掲載のページです。

 緊迫感あるなか、突然ふたりのゲストが現れました。それは、今年の末に公開される映画『利休にたずねよ』の主役のおふたり、利休役の市川海老蔵さんと利休の妻・宗恩役の中谷美紀さんでした。
 おふたりが、演技の勉強、参考にと足を運んでくれたのでした。
 撮影の合間、ふたりを交えて俄に茶会が開かれました(待庵に隣接した和室でです)。中谷さんは凜とした着物姿で、千氏が自ら点てた薄茶を見事なお手前で一服。一方、海老蔵さんは、舞台姿と変わらない豪快なお手前で飲み干します。研究者チームと編集スタッフも、馴れない手つきだったり、自然な振る舞いだったりしながら、茶会は無事終わりました。

 ところで、待庵の撮影前日には、千さんの官休庵の茶室を撮影したのですが、ここはまさに、“生きている”茶室。それはつまり茶席として現役で使われているからなのですね。ところが国宝の待庵は、茶席に使われることはありません。観賞は正式な申し込みなどを経て、外からは出来ますが、中に入ることは基本的に出来ません。そういう意味では、生きている茶室とはいえないかもしれません。その待庵に、今回、千さんが道具を取り寄せ、花を設えたところ、待庵が、わずかに“呼吸”をし出したように感じられたのは、撮影に入り込み過ぎた錯覚だったのでしょうか。それが掲載されたページを見ると、いまでもその時の、かすかな“生命感”が甦ってきます。ぜひ、そういった目でご覧になっていただければと思います。

 そして、もうひとつの新規撮影は、この巻のタイトルにもなっている「黄金」を体現した「黄金の茶室」。これは秀吉が造型したものの再現ですが、そこで実際に桃山時代に使われた、このたび新たに存在が確認された黄金の茶碗と茶入を据えて撮影しました。
 金と金の饗宴。そして待庵に象徴される「侘び」の佇まい。
 今回新規撮影した、この「待庵」と「黄金の茶室」こそ、まさに「黄金とわび」――巨大かつ絢爛な造形物と掌の美が併存した時代の美術の凄みといえます。

醍醐花見図屛風 最後に、この巻の最初のカラーページは、『醍醐花見図屏風』ですが、これは、秀吉がなくなる5か月前に行われた豊臣家の女性たちのみを集めたお花見で、横にいるのは正室北政所です。秀吉も年齢からか、よろよろした感じがするのですが、こころなしか微笑んでいます。風俗画が権力者の私生活を描くことは珍しいのですが、これを冒頭に持ってきた意味をくみ取っていただけますでしょうか。そう、わずか四十数年しか続かなかった桃山時代、この時代は“一夜の夢”であり、そこに咲き誇った“美の響宴”を堪能していただければ、という、ささやかなメッセージのつもりです。
 どうぞ、ご覧になってください。

(編集担当・河内真人)