私は夜行をこう読んだ! 皆さまの声 森見登美彦氏が特に唸ったベスト10公開中!
受賞作タイトル

かつて「マトリックス」という映画があった。主人公が薬を飲んで目覚めると見知らぬ場所にいて、「こちら側が現実の世界なのだ」と告げられる。今まで自分が現実だと思いこんでいた世界はコンピュータの作りだした仮想現実だったというのである。

この『夜行』という小説において確かなことは一つもない。語り手たちは個人的経験を語るだけで、いずれの物語の結末も夜の闇へと溶けていく。ただひとり「大橋」という男だけは夜明けを迎えるものの、それとて彼のために用意された結末にすぎない。紛い物のような眩しい夜明けのイメージはかえって夜の闇を深くする。そうやって小説の内側に封じこめられた夜は我々の人生の外側へ通じる「トンネル」のようなものだ。敢えて言うなら、ここで語られた物語にも、語られていない物語にも、本質的な意味はまったくない。ただそこにトンネルが掘り抜かれたという結果だけが大切なのである。

映画「マトリックス」と同じように我々の見ている世界が仮想現実なのだとしたら、目覚めたとき我々はどんな世界を見るのだろう。おそらくそこに「マトリックス」のような種明かしはあるまい。しかし一切が無だというわけでもない。我々の人生の外側に広がっているのは「夜」としか呼びようのない世界であり、すでに我々はその恍惚と不安を知っている。

『夜行』とはそういう小説なのだと思っている。

小説の内側に封じこめられた夜は我々の人生の外側へ通じる「トンネル」のようなものだ、と匿名希望さんは語っています。「夜はどこにでも通じているの。世界はつねに夜なのよ」
また良き日に、夜行の旅で皆様とお会いできることを楽しみにしています。

2017年6月20日
 小学館 文芸編集部

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