私は夜行をこう読んだ! 皆さまの声 森見登美彦氏が特に唸ったベスト10公開中!
受賞作タイトル

帰路の電車で私はこの本を読んだ。電車は夜の寂しい田舎駅に停まっている。ドアから入り込む夜気を感じ私は顔を上げた。その瞬間、妙なものを見た。駅のフェンスの向こうに白い影のようなものが見える。どうやら人らしい。目を凝らして見ようとした矢先、特急電車が通過した。視界が遮られる。特急が去ったときには影はもう消えていた。あれは気のせいだったのだろうか。本の世界に入り込みすぎてしまっていたのかもしれない。

この本の「白い人影」はなにかを掘り起こすような存在だ。人は過去を忘れ、自分の弱みから目を背けて生きている。しかし、それらはしこりとして残る。そのとき、影を見ると、その瞬間逃げや忘却の壁は取り除かれ、しこりの元は生身の姿で追いかけてくる。特急電車のように。それを避ける術はない。真正面から向き合うより他に道はないのだ。

ところで、影と同様に重要なのが岸田の絵だ。岸田の絵は実世界の裏に隠れたものを現実と繋ぐ力を持っている。永遠なる夜は死を、ただ一度の朝は生を連想させるが、生と死のように表裏一体のものを繋ぐのだ。

温かな車内で我々はのうのうと暮らす。しかし平穏は単に魔境の上にたつもので、窓のすぐ外には過去や知らずと隠した性分などの闇が取り囲んでいる。それを教えるのが芸術家だ。岸田の絵は夜気を運ぶドアなのだ。ふと私は電車が動き出すのを感じた。明るい電車の中に、外の暗闇を感じずにはいられなかった。

 小説を読む楽しみの一つは、小説の世界と自分の生きている世界が、どこかでつながっていることを感じることです。その不思議な感覚とそこから膨らむ想像について書いていただきました。夜の電車は『夜行』を読むにはもっともふさわしいシチュエーションかもしれません。

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